酒飲みの聖地・高知の酒場テーマパーク「ひろめ市場」【酒旅ライター・岩瀬大二】
酒飲みを自認するなら高知を知らずに死んではいけない(言ったら死んでもいいというわけではもちろんない)。そしてベタかと思うだろうが、それを実感するならここへ行かなくてはいけない。「ひろめ市場」。
なにかといえば、酒場版フードコートなんだが、迷宮(酩酊の宮殿の略…でもかまわない)でもあるし、なにかわくわくする広場でもある。観光ガイドにも必ず出ているスポットなので酒旅好きからは「そういうところはちょっとな」と思われるかもしれない。
観光ツアーに組み込まれているようなところはね、というのは筆者も強くそう思う。思うんだが、高知なんだここは。酒飲みの聖地にして、王国が作り上げた場所だ。逆に思った。こういうところを健全なツアーに組み込んじゃだめだ。ここは「俺たちにこそふさわしい」。
と、筆が走ったが、実際はちゃんと健全なツアー客や、観光の女性2人とか、そういう方でも明るく、楽しく、おいしく過ごせる場所なのでご安心。50以上の飲食店、物産店がひしめくが、そのバリエーションは豊富で、酒ばかりではなく、スイーツの専門店、ランチに使える定食もある。そういう方も「俺たち」も一緒に楽しんでいる。そこがやはり高知のすごいところなんだが、そういった環境や文化の話にもちょっと触れておこう。
ちなみになんだが、毎度筆者のコラムを読んでいただいている方はもしかして、やけに今回はテキストがカジュアルだなと気づかれたかもしれない。そう、このテキスト、高知から戻ってきたばかりで、今回も高知にやられて帰ってきて、そのふわふわな幸せなダメージの中で書いているのが原因だ。
高知は恐ろしい。だからまた行ってしまう。ということで、今回はこのモードのまま勝手に臨場感をもって書かせていただこう。
飲酒の出費1位、酒屋の数2位、ビール消費量3位!
横道にそれた。文章が千鳥足だ。環境や文化の話。まず高知と酒を数字で見てみる。一番顕著なデータが「家計における飲酒費用」だろう。
一世帯での家計で飲酒(主に飲酒とそれに伴う料理代で、諸会費なども含む)に出費する金額を総務省が調査したものだが、2016年(2012年~2016年の平均値)時点のデータによれば、全国平均は17,990円。これに対して全国1位の高知県は2.2倍の38,910円。2位は東京が29,080円だが約10,000円の差がある。
高級レストランやそれなりに高い酒などがそろう東京と比べてのこの数字だから驚異的。最下位(といっても全く悪いことではないんだが)の和歌山県に比べると4倍弱。ちなみにこれを偏差値にすると93.16。酒飲み偏差値でいえばむちゃくちゃな高学歴だ。
他にもビール消費量(全国3位)、酒屋の数(同2位)、飲食店営業数(同5位)と人口約76万人(2010年)と全国下から3番目(45位)とは思えない数字が並ぶ。しかも、実は高知県は(これは少し不幸なことだけれど)貧困率はどの世代においても悪い。平均でワースト2位。決してお金に恵まれている県ではないのだから、この飲食に関しての数値は比率ではなく全体的な数量なのでより際立っている。
高知の酒飲み文化については、返杯であったり、豪快に大杯を飲み干すなどいろいろあるが、その豪快さも明日は何とかなる、金だけが幸せじゃない、このとき一緒にいる人ととことん楽しもうという気風が裏にあるのだろう。
酒のテイストも当コラムで紹介したように、今では変わってきたが、伝統的な、飲みやすい端麗辛口というのは、気候や郷土料理だけではなく、その楽しみ方にも影響があったのだろう。
縁あって、酒場といえばこの人、酒場詩人の吉田類さんと酒場を回る仕事をしたが、その中で類さんの出身地である高知を訪れ、いろいろな高知の酒にまつわる文化を聞く機会があった。そこで「ひろめ市場」も取材したのだが、地元の人は決して我々の取材を邪魔することなく、しかし、遠巻きにするわけでもなく、「類ちゃんおかえり~」なんて優しく自然に声をかけながら、ちゃんと自分たちの酒を楽しんでいる。
取材が終わったところで中高年のスーツ組の方々、7~8人のグループに声をかけられた。平日のまだ17時。「おつかれさんでしたね。1杯やっててよ」と嬉しいお誘い。一期一会とあまえせさせていただき、いろいろお話をしていて、名刺交換でも……となって驚いた。
県内様々なところから集まった、県や市の行政や観光協会などのトップどころの方々ばかり。会議の二次会として「ひろめ市場」に来たとのことだが、料亭や高級レストランではなく、こういう人もここで一緒に楽しんでいる。これが、高知のワンシーン。
土佐の珍味、高知の食文化、地酒がそろう酒場のテーマパーク
前置きが長くなった。さあ、皆さんもいよいよ「ひろめ市場」に入っていただこう。細かいゾーニングなどは「ひろめ市場」の公式HPでもみていただくとして、とにかく多彩だ。
スイーツまである、と書いたが、定番の郷土料理はもちろん、土佐の珍味、軍鶏や鯨の専門店、高知の文化でもあるギョーザとビールの名店、中華料理やインド料理酒場、窯を入れたピザ屋、ワインバー、肉バルにベーカリーもある。
会計は各店ごとでする。基本オープンスペースはどの店から買って持ち込んでもいい。そして相席が前提。酔ってもマナーよく、が鉄則だ。また、持ち込みなどに関する店舗ごとのルールがあるのでそれに従おう。
では、筆者と一緒に迷い込んでいただこう。最初はなんといっても「カツオのたたき」(写真上)から。カツオのたたきは高知でも人気の『明神丸』をはじめ、多くの店で扱っている。
何人かで囲むならそれぞれお気に入りを探してシェアするのも楽しい。塩たたき、ポン酢とバリエーションもあるが、いずれにしても肉厚でボリュームは十分。ともにたっぷりニンニクを乗せるのが高知流だ。
さて、もう少し胃袋を喜ばせよう、ということで「ひろめ市場」名物の「ひろめ揚げ」(写真上)。手羽先を軽く揚げたものだが、これもボリュームたっぷり。酒場で手羽先といえば名古屋も有名だが、比較すると高知はサイズが大きく、味付けはやや薄味で鳥のうまみそのものを生かしたスタイルだ。
胃袋が少し落ち着いたら、高知ならではのカツオの塩辛「酒盗」ときんぴらともメンマともいえるような不思議なテイストがなんとも楽しい山菜の「虎杖(いたどり)」(写真上)。これで酒が止まらなくなること必至。
さて、肝心の酒だ。酒ならなんでもこい! という高知。ビール、日本酒、焼酎もよく飲まれる。柑橘王国でもあるのでサワー類も豊富だ。
日本酒は300mlの飲みきりボトルが定番。オープンスペースならプラカップで気軽に、店専用の席であればグラスなどの酒器が用意されたりもする。高知が誇る酒蔵の様々な酒が飲み比べられる。「酔鯨」、「司牡丹」、「土佐鶴」などの大きな酒蔵から、「桂月」、「久礼」、「亀泉」など個性派も揃う。高知の酒のショーケースとしても楽しめるのだ。
フードコート的な楽しみ方で嬉しいのは、途中で郷土料理から別のものにいって、また郷土料理へ戻るけれど、今度は違う店の違うテイストでという変化。また郷土料理を楽しんで、〆を別のものに、というのもいい。
この日は、洋酒場が集まるエリアに移動し、〆にピッツア(写真上)。タマネギとツナとトマトソースというシンプルなものをオーダー。店内の窯で焼いてくれるのがうれしい。これにあわせるのはイタリアの白ワイン。
そういえば以前シチリアを訪問。市場の前の広場で昼から生のタコにレモンをかけたものや、マグロやカツオを豪快に切ってそこにオリーブオイルと塩コショウというこれもまたシンプルな一皿を当地の白ワインで味わった時の幸せを思い出す。
かの地にも高知の酒盗同様にボッタルガ(マグロやボラのカラスミ)なんていう悪魔の酒の肴があった。
さて、この一連の流れ。午後の出来事。したたかに、ではなくこのうえなく幸せに酔っ払う。〆と言ってもあくまでも「ひろめ市場」での〆。市場を出れば高知がまた酒で迎えてくれる。
“ひろめ”という名前には、土佐の風土に育まれた食文化・商い文化を受け継ぎひろめる、という想いが込められているという。高知の酒と食を知るならまずここに来ればいい。
ベタな場所? だからこその凄みと喜びを感じていただこうじゃないか。
写真提供元:PIXTA(一部)
神 高知ひろめ店
- 電話番号
- 088-822-5287
- 営業時間
- 月~金 (11:00~14:00(L.O.)) 土・日・祝日 (11:00~22:00(L.O.)) 月~金 (17:00~22:00(L.O.)) ※各店舗の営業時間は異なる(HP参照)
- 定休日
- 不定休日あり(※各店舗の休みは異なる(HP参照))
- 公式サイト
- https://hirome.co.jp/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。