肉の世界で知らぬ者はいない! 滋賀『サカエヤ』の肉が人気の訳
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今、一流の料理人たちから「この人の手当てを受けた肉を扱いたい」と熱烈な支持を得ている人物がいる。滋賀県の精肉店『サカエヤ』のオーナー新保(にいほ)吉伸さんである。1980年に精肉業界に入ってからというもの、日々肉と向き合い、人生を肉に捧げていると言っても過言ではない。
肉を熟知している新保さんは「おいしくならない肉はない」と、それぞれの個性を生かした手当てをする。するとどうだろう、味、香り、うまみの質は違うけれど、どの肉も“最高においしい”と感じるのだ。料理人からするとこれ以上ないくらい魅力的な肉なのだろう。
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取引したいと言われた店には肉を食べに行き、調理方法、道具、厨房設備、客層、メニュー、ドリンクリストなどを見て、料理人ととことん話し合い取引するかどうかを決める。取引が始まっても定期的に店を訪れ、卸した肉が合っているかどうかを見極め、合っていなければ即座に改善する。手塩にかけた肉がおいしく調理されていなければ取引を中止してしまうことだってある。だからお互い真剣勝負、新保さんが最高の肉を提供し、料理人が最高の料理に仕上げるのだから、おいしくないわけがない。
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その『サカエヤ』の中でも自慢の肉をメインにしたビストロが池尻大橋に誕生した。フランス語で“金(きん)を食す”という意味の『Or en Bouche(オー オン ブーシュ)』。シンプルでカジュアルな空間でグリル焼きした金メダル級の肉を食すのである。
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肉を焼くのは河村神賜(かわむらしんじ)シェフ。大阪の「リーガロイヤルホテル」で5年間フランス料理『レストラン シャンボール』に勤務したのち渡仏。『ミシュランガイド パリ』で二つ星や三つ星の常連となっている店や、パリのビストロなどで修業、『Restaurant Ken Kawasaki』でシェフを務め帰国。南青山『I・k・u青山』にシェフとして招かれ新保さんの肉と出逢う。同店は残念ながら閉店してしまったが、その後新保さんの縁で『オー オン ブーシュ』のシェフに就任。「最高の肉なので、基本は塩を振って焼くだけです。ただ新保さんの肉がおいしいことをみなさんご存知ですから火入れを絶対に失敗できないというプレッシャーが毎日あります」と言うが、新保さんお墨付きの焼き手であるからかなり期待できる。
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想像を遥かに超えたうまい肉を食す!
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本日は「熟成肉(鹿児島)サーロイン」(写真上・左)と「近江牛(滋賀)サーロイン」(同右)との2種。まずは塊肉からスライスする。目分量にも関わらず計ってみると618gと619gと、なんと1gの誤差! シェフの技術に驚かされる。
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外した骨はオーブンへ、肉は両面にたっぷり塩を振り、手で馴染ませてからオイルを表面に塗る。下準備ができたところで熟成肉(鹿児島)サーロインからグリル板で焼きはじめた。
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あらかじめ十分に熱したグリル板に肉をのせるとジュージューとおいしい音とともに一気に煙が立ちあがる。1/3ほど火が入ったところでひっくり返す。少し時間をおいて肉を180°回し熱を均一に通す。
次は縦にして側面を焼き、最後に脂にしっかり火を入れる。5分ほど寝かせてから仕上げにオーブンへ。
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焼き時間は当然のごとく“勘”に頼るしかない。焼きあがった肉を食べやすい大きさにカットして中心の肉を横にする。シェフにとって緊張の瞬間だ。美しくロゼ色に仕上がった肉を見て初めて安堵すると言う。
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続いて近江牛(写真上)を焼く。
焼き方は基本的に同じだが、厚みのある脂がピチピチ弾けてくると、肉の中心からぷっくり膨らんでくる。こちらは休ませることはせずにオーブンへ。全体に熱が回ったところで取り出してカットする。火の入りは熟成肉より2分ほど遅かった。表面が良い焼き色でも中はレア。
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同じサーロインだが食べ比べてみるとそれぞれの特徴が明確になる。熟成肉(写真上・右)はナッツ香を纏(まと)った脂が溶けながら力強い肉質を覆い、味の層が一体となる。反対に近江牛(同左)は脂が肉に負けじと主張してくる。あれだけ火を入れたのに溶けることなく厚みもしっかり残っている。しかし味はクリアでとても脂を食べているとは思えないのである。これは脂好きにはたまらない。
部位、種類、産地、熟成しているか否か、一つひとつ手当ての仕方を変える『サカエヤ』の肉を食べるコツは、塩をしっかり振ること。その方が『サカエヤ』の肉は味を感じやすいのだ。肉そのものが完璧なおいしさであるが故にソースは不要、噛み締めながらじっくり味わうだけで良いのである。骨の周りの肉がまた格別だ。
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シンプルな肉に合わせるには断然ヴァンナチュール(自然派ワイン)をおすすめする。ラインナップはナチュールの中でも熟成肉にも合うようにできるだけ雑味がなく、コクも深みもほどよいミディアムボディで統一している。ラベルも可愛かったり、シュールだったりで“ジャケ買い”するのも楽しい。
肉だけじゃない! パリ仕込みの本格ビストロ料理も大評判
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河村シェフの一品料理はパリ仕込みの本格派。「サラダ・白菜とくるみ」(写真上)は赤ワインビネガーと生クリームで白菜とくるみを和え、パルミジャーノチーズをパラパラと振りかける。酸がまろやかで箸が進むと人気の一品だ。
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余った“端っこ肉”を赤ワインでじっくり煮てコンビーフ状にし、ジャガイモのピューレで表面を覆ってオーブンで色目がつくまで焼くと、シェフがパリにいた頃から作っていた「アッシェパルマンティエ」(写真上)ができあがる。しっかり味のしみ込んだ肉と優しい味わいのジャガイモとのピューレの組み合わせ、素朴なビストロ料理がワインにぴったり。
おつまみのように何品か楽しんだ後に肉でシメる、こちらではそんなスタイルが一番合っている。「肉の世界は奥深いので毎日課題をしっかり解いていく感じですね。焼くたびに科学的に分析して自分なりの方程式を見つけたい」と話す。いつも同じ肉があるわけではないが、同じ部位で熟成とフレッシュの肉を食べてみたり、逆に同じ牛の違う部位を食べ比べてみたりと、楽しさが尽きないのである。
そしてシェフもスタッフも家族のように接してくれる、こちらは親しい人とプラベートで訪れたい。
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撮影:佐々木雅久
【メニュー】
近江牛(滋賀)サーロイン100g 3,200円 ※グリルは各200gより
熟成肉(鹿児島)サーロイン100g 2,500円
サラダ・白菜とくるみ 1,000円
アッシェパルマンティエ 1,200円
ワイン グラス700円~、ボトル4,500円~
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です。
Bistrot Or en Bouche
- 電話番号
- 03-6416-0190
- 営業時間
- 17:30~23:00(L.O.22:00)
- 定休日
- 日曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
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