安いだけじゃない! いま大注目の「チリワイン」【ワインナビゲーター・岩瀬大二】
現在、チリワインは、日本においてフランス、イタリアなどを抜いて輸入量1位。多少でもワインを飲む人ならば、もう、チリワイン自体を知らないということはないだろう。
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ただ、多くは安売りスーパーやディスカウントストアでも簡単に入手できる安価なワイン。コンビニでも動物柄のデザインを中心にどこでも見られるだろう。もちろんこれらは安価ながらコストパフォーマンスがよいワインであり、普段の日本の食卓にもあうからこそ広がっているわけで、それ自体が否定される筋合いでもない。
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そもそもワインは嗜好品だ。ただ、おそらくこういう言葉が続くだろう。「チリワインは安くてそこそこおいしいから買っている」。つまりは特別な日や、おいしい料理を出すレストランでわざわざ飲むものではない。一部のワイン好きにおいても同様で、「チリにはそういうワインしかない」と思われていて、一段低く見られている傾向がある。
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「どうせ工業製品的な大量生産のもの」、「上品さに欠けるカベルネ・ソーヴィニヨンとソーヴィニヨン・ブランぐらいしかバリエーションがない」、「安い食事か肉ぐらいしかあわない」など。
しかし、実際に現地を訪問し、また、「そうではない」ワインと生産者と多数接し、これはチリの現状のすべてを表す話ではないことを強く感じた。
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そもそもチリワインは安いものが当たり過ぎて、その他になかなか目が向かない。たとえば500円でうまいものがあるのだから、わざわざ3,000円のものをチョイスするということはないだろう。そうなれば出番はフランスやイタリアやカリフォルニアや……というのは、まあ、自然なことかもしれない。
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しかし、チリワインの凄さや楽しみは、みなさんが普段目にするものだけではなく、1,500円を超えたところにあり、3,000円代で発見があり、7,000円代で驚きがあり、10,000円を超えればそこに広がる世界は、あなたが他の国で体験した感動的なワインとなんら遜色がない。
いや、もしかしたらあなたにとってそれはとても心地がよく、新しい喜びを感じられるものかもしれない。まぁ、価格でワインの質が決まるわけではないのであくまでこれは目安の話。
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それらはチリならではの物語を持っていて、チリだからこそ結実したワインたち。これらのワインを通して愛好家のみなさんにも興味深い背景が伝わることだろう。
ということで今回は、筆者おススメ、日本でも入手可能な、今のチリワインの世界がわかるアイテムを4本紹介したい。
1.自然派の楽園。『エミリアーナ・ヴィンヤーズ』の「コヤム」
チリはオーガニックワインの宝庫である。そもそもチリの国土は、北に灼熱・乾燥の砂漠、南には南極に連なる氷の世界(南半球なので南に行けば寒くなる)、西には太平洋、東に雄大なるアンデス山脈と隔絶されている。
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そのためワインへ悪影響を与える外来の害虫がいないという好環境。その上で、チリには強いエネルギーが伝わってくる土壌があり、夏の強い太陽と、毎朝夕に吹く美しく冷涼な風、適切な季節に適切な量が降りそそぐ雨がある。
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オーガニックという手法は、無理に取り組むものでもなく、当たり前の選択といえる。自前の動物と植物のライフサイクルをそのまま生かしたコンポスト(肥料)、オリーブやハーブなどと一緒にブドウを栽培する植物のダイバーシティ的な考え方、羊や雄鶏、雌鶏、さらにはアルパカなどを畑に放ち、古代より続く命の連鎖の中で行う害虫、害獣対策。畑が畑であり続けることに対して実に理にかなったやり方をしている。
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その造り手のひとつが『エミリアーナ・ヴィンヤーズ』(写真上)。ワインメーカーのノエリアさんはこんなことをいう。「毎年同じ味わいのワインを製造する、という意味合いなら『ワインメーカー』という言葉は好きではありません。土地の恵みを生かしていいブドウを育んでワインにしていく。むしろ私たちは『ネイチャーアシスタント』でありたいんです」。
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その多彩なアイテムの中から、その思いが結実した1本が「コヤム」(写真上)。毎年ブレンドは変わり、おおむね7種類ものブドウから造られる。だが、アロマも飲んだ感覚も、ブレンドのマジックを感じるのではなく、真っ先に感じるのはピュアさ、そして自然なパワーへと続く。チリのオーガニックの入口として味わっていただきたい。
2.冷涼から生まれるエレガンス。『マテティッチ・ヴィンヤーズ』の「EQシャルドネ」
「クールクライメイト」は、ワインのプロやワイン好きの間で注目されているワード。ごくごく簡単に言えば「冷涼な地域で生みだされるワイン」のこと。冷涼地域は十分なエネルギーを蓄積するために収穫時期は遅くなるが、そのぶん大地からの力を溜め込み、美しい力強さと豊かな酸を宿すワインとなる可能性を持つと言われている。
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チリは沿岸部に近づくとその傾向は強くなる。チリが面する太平洋は、寒流。南極に近づく南部は氷の土地。そこを通るフンボルト海流は冷気をチリの大地へと運ぶ。もともと農業生産やリゾートホテル経営で財を成したファミリーが1999年にスタートさせたワイナリーが『マテティック・ヴィンヤーズ』(写真下)。
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4つの自社畑は海岸線から13~19kmの間にあり、冷涼な空気がヴァレー沿いに丘を包み込む。このワイナリーの世界的な成功が、チリのクールクライメイトへの挑戦に勇気を与えた。
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注目のひとつが「EQ シャルドネ」(写真上・右)。グラスに注ぐと一気に熟れたトロピカルフルーツに白桃のタルト、ウォールナッツとキャラメルの焼き菓子のような複雑で濃厚なコアを感じさせながらも、キラキラとした爽快感、美しく静かに長く続く酸の余韻へと変化していく。クールクライメイトならではの凝縮と酸を、華やかさと集中力の均衡で見事に仕上げたワインだ。
3.チリの宝カルメネールの最高峰。『コンチャ・イ・トロ』の「カルミン・デ・ぺウモ」
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『コンチャ・イ・トロ』(写真上)は、世界に誇るチリの名門にして、世界最大規模のワイン企業。チリの最高峰ワインのひとつである「ドン・メルチョー」から「カッシェロ・デル・ディアブロ」、安くてうまいという日本におけるチリワインのイメージを確実なものにした「フロンテラ」「サンライズ」といったデイリーレンジまで、多彩なワインを世界中に送り出している。
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彼らが手掛けるカルメネールという赤ワイン用のブドウ品種にフォーカスしたワインがいい。中でも「カルミン・デ・ぺウモ」(写真上)には驚いた。ピュアさと複雑さのコラボレーション。スムーズな飲み口から徐々に深いところで感じる清らかなミネラルと、土の中でエネルギーを溜め込んでいる黒と赤の果実たち。余韻も複雑だが、決して重すぎはしないし、壁を造らない。優しさと親しみやすさをエレガントに。
日本では20,000円超の価格。その価格でチリワインをチョイスするという機会はそうそうないとは思うけれど、チリワインの卓越とカルメネールというブドウ品種の可能性を存分に感じられる作品。ぜひ触れていただきたい。
4.世界に衝撃を与えた逸品「セーニャ」
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日本だけではなく、チリは世界的にも大衆的ワインというイメージがあった。それを変えた一つの流れは、2004年、『ヴィーニャ・エラスリス』と『ヴィーニャ・セーニャ』の当主エドワルド・チャドウィック氏が仕掛けた「ベルリン・テイスティング」だ。ベルリン・テイスティングは、1976年にカリフォルニア・ワインの評価を高めた「パリ・テイスティング」(パリの審判事件)のチリ版。
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当時のトップクラスと評価の高かったフランス、イタリアのワインとブラインドで行われた評価で、1位に「ヴィーニャ・エラスリス ヴィニエド・チャドウィック2000」、2位に「セーニャ2001」が選出され、世界を驚かせた。以降、チリ各社の数々のプレステージワインが高い評価を受けている。
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その「セーニャ」は2015年ヴィンテージにおいて、世界的な高名なワインジャーナリストから100点を獲得。オーガニック、適度なクールクライメイトなど今のチリワインの素晴らしき特徴が存分に表現された逸品(写真上)。美しく、自然と共生したワイン畑、そこから生まれる洗練。チリワインとチリの風土に恋に堕ちる……、いや、いきなり愛おしくなり憧れさえ覚える……、そんな1本だ。
写真提供元:PIXTA(一部)