「かしわ」「ぼたん」など、肉に別称が付けられているのはなぜ?【日本料理の基礎知識】
狩猟が盛んに行われていたヨーロッパでは、古くから親しまれていたジビエ。日本でも近年のジビエ料理ブームにより、「猪肉=ぼたん」「鹿肉=もみじ」などの名称が一般的に使われるようになってきた。
店頭で「新鮮な“ぼたん”入荷!」という表記を見たことがある人も多いはず。では、なぜ日本では「もみじ」「ぼたん」「さくら」といったように、肉に別称を付けて呼ぶのだろうか。本稿では、鶏肉・馬肉・猪肉・鹿肉の別称の理由と、名前の由来を解説していく。
そもそも肉の別称にはどのような種類があるのか
肉の種類を表わす別称としては以下が挙げられる。
・鶏肉=かしわ
・馬肉=さくら
・鹿肉=もみじ
・猪肉=ぼたん
この四つの名前の共通点は、全て“花の名前”が付けられているという点。なぜ肉に花の名前が付けられているのだろうか。
肉の別称が付けられたのは、江戸時代前期
肉に別称が付けられたのは、今から約330年前。江戸時代前期まで遡る。江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉によって施行された『生類憐みの令』により、生き物を食べることが禁忌と見なされるようになった。
犬や猫が特別な寵愛を受けたと知られているが、保護対象は鳥・魚・昆虫など多岐にわたり、もちろんそれまで食用として扱われていた家畜や野生の鳥獣の殺生も禁止された。
禁令の徹底と処罰が厳しさを増すなかで、町民たちが苦肉の策として始めたことが、肉に別の名前を付けて認識を変えること。畜産を営む者は「さくら」や「かしわ」、狩猟を生業にする者は「もみじ」や「ぼたん」と肉を植物の名前で、市場に流通させた。また、町民たちも処罰の対象にならないよう、植物であると言い換えながら購入していたのだ。
この言い換えは「肉の隠語」と呼ばれ、人々に深く浸透。禁令が廃止されたあとも広く使われ、現代まで受け継がれてきたのである。
肉の隠語は4種類。それぞれの語源とは?
先述のとおり、肉の隠語は「鶏肉=かしわ」「馬肉=さくら」「鹿肉=もみじ」「猪肉=ぼたん」の四種類。一見繋がりのないように見える隠語には、きちんと由来や意味が込められている。では、それぞれの隠語の由来とは何なのだろうか。
鶏肉=かしわ
鶏肉がかしわと呼ばれる理由は、柏の葉にあると言われている。毎年5月、端午の節句で食べられている柏餅を包んでいる葉が、柏の若葉である。若葉は鮮やかな緑色をしているが、時期によっては葉は少し暗い茶色。茶色の葉と鶏肉の色味が似ていることから、鶏肉にかしわという隠語が付けられたという。
馬肉=さくら
馬肉がさくらと呼ばれる理由にはさまざまな説がある。最も信憑性が高いといわれる説が、新鮮な馬肉が桜色であること。捌いてすぐの馬肉は、鶏肉や猪肉と比較して赤色が薄く、淡い桜色をしている。これが馬肉はさくらと呼ばれるようになった所以であるとされる。
しかしこの説には、いささか疑問も残る。現代ほどの保存技術が確立されていなかった江戸時代、変色スピードがはやい馬肉はそもそも桜色である時間が極端に短い。この疑問から、一説では「馬が餌を沢山食べて冬を越しているため、春の馬肉は脂が乗っておいしいからである」という旬説も囁かれている。
鹿肉=もみじ
鹿肉がもみじと呼ばれる理由は、「花札説」が有力である。花札には1月から12月まで4枚ずつ季節毎の花が描かれており、10月の花札の絵柄は紅葉。そして紅葉と一緒に描かれている動物が鹿であるため、鹿肉をもみじと呼ぶようになったとされている。江戸時代は鹿鍋が町民たちの間でも人気を博し、専門店も多く立ち並んでいた。店を営む者たちは店頭に「紅葉鍋」と書いた看板をかかげ、堂々と営業していたといわれる。
猪肉=ぼたん
猪肉がぼたんと呼ばれる理由は、猪肉が濃い紅色であるため。紅色のためぼたんと呼ばれたことが語源となっているとされる。しかし、江戸時代はぼたんよりも「山鯨」という隠語が一般的であった。当時は鯨を食用として捕らえていたため、この隠語が付けられたとされている。
食を愛する江戸の人々の知恵
どの時代であっても、「食」は人々の生活を豊かにする重要なもの。幕府による突然の禁令によって食事の自由を制限されたなかでも、人々は知恵を絞り、策を講じていた。普段、何気なく使用している「ぼたん」「かしわ」「もみじ」「さくら」という言葉には、江戸の人々の知恵と食を愛する心が込められていたのである。
そんな肉の別称について学んだところで、「ぼたん」「かしわ」「もみじ」「さくら」が食べられるお店や関連記事を紹介しよう。記事は以下からどうぞ。
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【参考書籍】
『料理人のためのジビエガイド』神谷英生/柴田書店
『馬肉新書』社団法人日本馬肉協会/旭屋出版
写真提供元:PIXTA