お客として通っていた『焼き鳥 床島』に惚れ込み、30代で弟子入り
“名店”と呼ばれる焼鳥店があまたある中、独自のこだわりで食通を唸らせているのが、『焼き鳥 床島(とこしま)』(東京・三軒茶屋)だ。食鳥処理事業許可証を持つ店主・床島正一さんが、フランスの血統の鶏を丸鶏のまま仕入れ、毎朝捌く。
その『焼き鳥 床島』で5年間修業し、床島さんの薫陶(くんとう)を受けた職人が、独立。
2018年8月、神楽坂に『焼き鳥 峠(とうげ)』をオープンした。
都営大江戸線・牛込神楽坂駅から徒歩3分。ひっそりした住宅街に突如、スタイリッシュな佇まいの店が現れる。
白と黒を基調にしたシャープな雰囲気の空間に、木の質感が温かみを添えている。コの字型のカウンター16席のみという、贅沢な広さだ。
奥行きのある、広々としたカウンター
立派な松を使ったカウンターは、一般的なカウンター席より20cmほど奥行きがあり、テーブル席のようなゆったり感がある。
「焼鳥店の醍醐味は、カウンターで焼きあがるのを見ながら味わえるライブ感。でも私は、狭いカウンターに料理がごちゃごちゃ並んでいるのが嫌で…。『こんなに広いと、使いにくくなってしまう』と建築家さんにも同業者にも反対されましたが、押しきりました(笑)」と、店主の栗田大樹(くりた ひろき)さん。
栗田さんが独立するまでの道のりは、実に興味深い。
というのも、料理の世界に入る前は、10年ほど酒販店に勤務していたそう。その頃、客として通っていた『焼き鳥 床島』の味と店の佇まい、店主の人柄に惚れ込み、数年間アプローチし続け、34歳でついに弟子入り。一から修業を始めたという経歴の持ち主だ。
それから5年、満を持して独立。
オープンしたばかりにも関わらず、妥協のない素材選びと確かな技術に、注目が集まっている。
丸鶏を当日の朝、店で捌き、焼き場に立つ
『床島』方式を継承し、鶏肉はフランスの品質保証「ラベル・ルージュ」がついたフランス血統の鶏を、茨城の農園から仕入れている。(※「ラベル・ルージュ」とは、安全性、品質、味において優良であることを認められた製品にのみに与えられる、フランス政府公式の証のこと)
▲食鳥処理事業許可証を持つ栗田さんが、丸ごと仕入れた鶏を毎朝捌いてその日のうちに提供
「確かに国産の鶏にもおいしいものはたくさんありますが、フランスに比べると種類が限られています。フランスでは、日本とくらべものにならないほど多くの種類の鶏がいて、うちの店で使っているのはそのなかから選び抜いた鶏。日本の鶏には無い、独特のおいしさがあると思っています」(栗田さん)。
「野菜と果物の白和え」で、季節感を鮮烈に演出
「お通し」(写真下)は左から、「蕗(ふき)味噌とマスカルポーネチーズ」、「金柑とトレヴィス、ピスタチオの白和え」、青大豆を一晩水につけ、だし醤油で煮た「浸し豆」。
▲季節ごとに変化を愉しむ「お通し3品」
いずれも逸品だが、なかでも「金柑とトレヴィス、ピスタチオの白和え」はフルーツと白和えのコンビネーションが面白く、白ワインにも合いそうなフルーティな味わい。
時季によっては、「イチゴと菜の花の白和え」「金柑と小松菜の白和え」など、その時々の旬の素材を使って一品料理としても提供している。
焼鳥は季節感を出すのが難しく、野菜焼きで工夫をしている店が多いが、果物の白和えは季節感が鮮烈に感じられ、メニューとしての目新しさもある。季節ごとに変化する愉しみがあり、店主の心遣いを感じられるアイデアだ。
▲新鮮だからこそ味わえる珍味「鶏の白子ポン酢」
常連の多くがオーダーする料理のひとつが、鶏の精巣を軽く蒸した「鶏の白子ポン酢」(写真上)。
魚の白子よりも皮に厚みがあり、ねっとり濃厚。店内でその日の朝に解体している新鮮さがあるからこそ味わえる珍味だ。
たたき用のフランス鴨は、開店後に捌くことも
たたきに使うフランス鴨も、丸のまま仕入れて店内で捌く。焼鳥の仕込みに追われた日は、開店後に捌くこともある。目の前で捌いたばかりの新鮮な肉を食べることができるとは驚きだ。
艶やかに輝く深紅色の鴨肉を、火力の強い備長炭でさっと炙る。
芳ばしい香りが店内に広がり、皮に黄金色の焼き色がつくと、厚めにスライスする。味付けは塩と黒胡椒のみというシンプルさ。
▲シンプルにいただく「フランス鴨たたき」
身は半分ほどがレアで、火が通った部分はやわらかく、噛んだ瞬間に肉汁があふれる。そしてレアな部分は、噛めば噛むほどうまみが増幅する。
すりおろしニンニク、青ネギ、マスタード、醤油が添えられているのでお好みでアレンジできるが、肉そのもののうまみが濃厚なので、そのままでも十分においしい。
デザートのような「レバー」、うっとりするほどなめらかな「つくね」
いよいよ待望の焼鳥。
串に刺しても鋭くエッジの立った肉から、新鮮さが伝わってくる。
塩(写真上)は、塩味に角がなく甘みを感じる五島列島の塩を使用。少し粒が大きめの粗塩を、素材に合わせてそのまま使ったり、指先で砕いたりして使い分けている。
まずは「ささみしそレモン」(写真下)から。
▲爽やかな香りが広がる「ささみ紫蘇レモン」
青じその下からのぞいているのは、愛媛県産の小粒な「姫レモン」を皮ごとペースト状にして塩を加えたもの。噛んだ瞬間にレモンと青じその爽やかな香りが口の中に広がる。
表面をさっと焼いているだけなので、しっとりなめらかな食感。
栗田さんのイチ押しは、「手羽先」と「ねぎま」(写真下)。
▲店主おすすめの「手羽先」
▲香ばしい皮目にプリッとした弾力の「ねぎま」
どちらも、皮に厚みがあり、身にプリッとした弾力がある。噛んだ時の食感に、国産鶏とは違うインパクトがあるのだ。
「フランス鶏でも雄(おす)鶏を使っているので、筋肉が発達しているんです」(栗田さん)。
香ばしく焼き上げられた皮とプリッとジューシーな身、その食感のコントラストもたまらない。
▲まるでムースのような「血肝(ちぎも/レバー)」
焼鳥の中で最も衝撃的なのが、「血肝(ちぎも/レバー)」(写真上)。これまで食べてきたレバーとは一線を画す、臭みゼロのすっきりした味わいと、とろけるような舌ざわり。まるで手をかけて作られた上質なレバームースを食べているようだ。
「『デザートに食べたい!』とおっしゃる方もいますね」(栗田さん)というのも納得だ。
▲もも肉の粗挽きと細挽きをミックスして焼き上げる「つくね」
特に人気だという「つくね」(写真上)は、必ず味わって欲しい逸品。こちらはフランス鶏のもも肉のみを使っているというから贅沢そのもの。ひと口噛んだ瞬間、粒々した肉の食感と溢れる肉汁を舌の上に感じ、うっとりするほどのなめらかさが口いっぱいに広がる。
二層の味わいが楽しめるのは、もも肉の細挽きと粗挽きをミックスしているため。タレは鶏の味わいを邪魔しないよう、濃厚ではあってもコクは控えめに仕上げている。
酒店出身のご主人が選び抜いた酒は、どれも間違いないラインナップ
酒販店出身なだけあって、酒の品揃えにもこだわりが強い。
日本酒は20種類ほどをラインナップしており、食中酒としておいしく飲める華やかでしっかりした味わいのものを揃えている。ワインも30種類ほどあり、グラスでも赤白各4種類から選べる。
カウンター中央には、茶釜と炉用柄杓(ひしゃく)が置かれている。
栗田さんが『焼き鳥 床島』に入店した直後に病で亡くなったお茶の師匠が、「いつか、食後にお客さまにお茶を点ててさしあげられるような店を持ちなさい」と遺した言葉を守っていきたいという。
「今は一人で焼いているので余裕がないですが、いつか実現したいと思って置いています」(栗田さん)。
自身が惚れ込んだ店のDNAを受け継ぎ、自分のものとして提供できる喜びが、栗田さんの料理一つひとつから伝わってくる。
だからこそ、奥行きの広いカウンターから差し出されるすべての料理が輝いて見え、うっとりするほどにおいしいのだろう。
【メニュー】
お通し 600円
旬の野菜と果物の白和え 800円
鶏白子ポン酢 700円
フランス鴨たたき 1,700円
焼鳥 280円~
おまかせ4本コース 1,400円
日本酒 1,000円
ワイン(グラス) 900円~
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です
撮影:小野千明
焼き鳥 峠
- 電話番号
- 03-5946-8330
- 営業時間
- 17:30~23:30(L.O.22:30)
- 定休日
- 日曜日、 年末年始、夏季休業あり
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。