明治34年創業! 伝統の味を守り続ける老舗『新宿中村屋』
カレーライスといえば、小麦粉を使った欧風カレーが一般的だった昭和初期に、本格的なインドカリーを発売。以来、90年以上にわたってその味を守り続けてきた『新宿中村屋』。インド人革命家との絆から誕生した「純印度式カリー」の歴史や、素材へのあくなきこだわり、創意工夫を凝らして守り抜いてきた伝統的な味づくりについて、『新宿中村屋』料理長の石崎厳さんにうかがった。
高級料理なのに飛ぶように売れた! スパイス香る「本格インドカリー」
――パンに和菓子、カリーなど、『新宿中村屋』を代表する商品はたくさんあります。まずは創業からの歴史を教えてください。
石崎:「『新宿中村屋』の創業は1901(明治34)年。東京・本郷にパン屋として創業し、1909(明治42)年に新宿の現在地に移転し、和菓子や洋菓子の販売も行うようになりました。その後、大正末期に百貨店が新宿に進出すると、『新宿中村屋』も少なからず打撃を受けたそうです。そんな折、お客様から『買い物のときに一休みできる場所が欲しい』という要望があったこともあり、1927(昭和2)年6月12日、初めて喫茶部(レストラン)を開設。純印度式カリーは、喫茶部の開設と同時に誕生したメニューで、今日まで続く看板商品となっています。ちなみに、『新宿中村屋』を代表する中華まんや月餅も、同じ昭和2年に誕生しているのですが、これらは創業者夫妻が中国に旅行へ行って持ち帰ったものだといわれています」
▲創業当時のパン屋(写真上・左)と昭和2年、喫茶部(レストラン)開設当日の記念写真(同・右)
――なぜ、本格的なインドカリーを提供することになったのですか?
石崎:「『新宿中村屋』の純印度式カリーは、インド独立運動の志士、ラス・ビハリ・ボース氏が日本に亡命した際に、『中村屋』内にかくまったことがきっかけで誕生しました。日本では、明治の文明開化でカレーライスが西洋から伝わっていましたが、それは小麦粉を使った欧風カレーで、インドのカリーとは異なるものでした。そこで、喫茶部を作るにあたり、ボース氏が祖国インドの味を日本に伝えたいと、“純印度式カリー”を名物料理として提案したのです」
▲昭和初期の「純印度式カリー」
石崎:「強烈なスパイスの香りや、ごろっと入った骨付きの鶏肉、ぱらっとしたインディカ米など、すべてが当時の日本人には見慣れないもので、最初は敬遠されたそうです。そこで、インディカ米の代わりに、モチモチ感がある白目米に変更し、鶏肉なども見直したところ、徐々に浸透していったそうです。当時の写真(上)を見ると、一番手前にライス、その奥に陶器に入ったカリー。左側にフルーツ、右側にコーヒーが見えます。このセットで80銭。洋食店のカレーが10銭から12銭の時代でしたからかなり高級な食事でしたが、それでも飛ぶように売れたそうです」
▲料理長・石崎 厳さんのプロフィール
1962年東京都生まれ。1986年に『株式会社 中村屋』入社。フランス料理やカリーをはじめとする中村屋の伝統料理を担当し、その味を作り続けてきた。現在はメニュー開発や、カリーの素材開発にも取り組んでいる。スパイスコーディネーターの資格も取得し、これからの中村屋のカリーを担う第一人者として日々研鑽を積んでいる。
こだわりは素材のみにあらず! スパイス使いや提供温度も徹底管理
――カリーの素材は、それぞれどんなこだわりがありますか
石崎:「まずはタマネギ。兵庫県淡路島・丹後地方で栽培された肉厚な大玉のタマネギを、1人前1個(約300g)ほど使用し、バターでアメ色になるまで炒めます。次に加えるのは、骨付きの鶏。お客様から『どこの部位を使っているの?』と聞かれることも多いのですが、もも肉もむね肉も、1羽丸ごと使っています。誕生当時から鶏肉の質にはとくにこだわり、一時期は自社で養鶏場も持っていたほど。現在は、飼料や飼育日数、環境などまで指定した契約農家から仕入れています。それから、小麦粉を使わずにとろみを出すために重要なのが、自家製のヨーグルトとゼラチン質が豊富な鶏からとったブイヨン。カリーに自然なとろみとコクを与えてくれます」
――スパイスにも、おいしさの秘密がありそうです。
石崎:「使用するスパイスは計20数種類で、2回に分けて加えます。1回目は、肉を炒めるとき。挽き方や配合の異なる2種類のカリー粉をブレンドして加えるのですが、このうち1種類は、発売当時からボース氏より受け継いできたカリー粉を使っています。2回目は、煮込み終わった後に、液体状の“煎じマサラ”を加えます。煎じマサラは、当時ボース氏が黒っぽい液体を加えていた、という見聞をもとに、のちのシェフが考案したもの。6~7種類のスパイスを1時間ほどかけて抽出しています。これを仕上げに加えることで、スパイスの香りがさらに引き立ちます」
石崎:「『新宿中村屋』では、カリーを長時間煮込んだり、一晩寝かせたりすることはしません。煮込みすぎると鶏肉がかたくなってしまいますし、スパイスの香りも飛んでしまうので、完成したカリーはその日のうちに提供します。お客様に一番いい状態で召し上がっていただくために、一度に作るのではなく、毎日100~150人分を数回に分けて仕込んでいます。それから、提供温度もしっかりと管理しています。ソースポットとお皿は事前に温めておき、カリーとライスも温度管理してお出しします」
▲中村屋純印度式カリー 1,500円
――豊富な薬味がつくのも特徴的ですね。
石崎:「発売当時の写真を見ると、薬味はそこまでついていませんが、戦前からチャツネは添えられていたようです。現在は、キュウリの酢漬け「アグレッツィ」と、らっきょうとオニオンチャツネ、マンゴーチャツネ、レモンチャツネ、粉チーズを添えています。薬味の使い方は人それぞれで、お皿の縁に全種類並べて少しずつかける人もいますし、最初から全部のせて混ぜて食べる人もいます。段階的にいろいろな味が楽しめるのも、お客様に喜ばれています」
時代とともに変化する素材の中から、常に最善のものを選ぶ
――伝統の味を守り抜くには、どんな苦労がありましたか?
石崎:「カリーのスパイスは、最初はインドから取り寄せていたようですが、戦中、戦後は手に入らない時代もあったようです。その時には、ボース氏とともに日本でインド独立運動をしていた友人が、『新宿中村屋』のためにカレー粉をブレンドして持ってきてくれたそうです」
石崎:「また、長い歴史のなかでは、手に入らなくなってしまった素材もあり、時代に応じてどう素材を選び、味を伝えていくかが大切だと感じています。『新宿中村屋』の味は、支えてくれる農家さんや業者さんがあってこそ守られているもの。たとえば付け合わせの「アグレッツィ」に使っている小さなキュウリは、たった1日収穫が遅れただけで大きくなってしまうため朝晩2回収穫する必要があり、作ってくれる農家さんが減少しています。また、創業当初インディカ米に代わって採用した「白目米」も、収量が少ないため戦後は幻の米として手に入らなくなってしまいました。インドカリー発売70周年の際に、もう一度お客様に食べていただきたいと栽培をスタートし、1998(平成10)年からは限定的にですがお客様にご提供できるようになりました」
――伝統を守りながら、時代に応じて変えてきた部分はありますか
石崎:「本店のビルは、2014(平成26)年10月にリニューアルしていますが、週末はご家族連れも多く、年齢層を問わず幅広い世代にご利用いただいています。夜は、おひとりでいらっしゃる女性が近年増えているので、カリーのスモールサイズをつくったり、お酒と一緒に楽しめるようなメニューを増やしたりと、客層に応じてカリー以外のメニューは変えています。また、2001(平成13)年からは、ご家庭で『新宿中村屋』のカリーを楽しんでいただけるように、レトルトカレーの発売を開始するなど、食シーンの多様化への対応も図っています」
石崎:「実は『新宿中村屋』は、純印度式カリー以外にも、麻婆豆腐やボルシチなど、国際色豊かな名物メニューがたくさんあります。これらも、数十年にわたって作り続けてきたもの。なかでも中国料理は、1932(昭和7)年頃から提供しているもので、これまで中国出身の料理人を雇ったり、料理人が現地へ足を運んだりして、本場の味を再現してきました。2018年10月からは、「純印度式カリー」と「麻婆豆腐」のコラボセットも発売し、伝統の味をより多くのお客様へ伝える取り組みをしています。「純印度式カリー」は、2027年に生誕100周年を迎えますが、私も新しい世代へ、伝統の味をしっかりと受け継いでいきたいと思います」
【主なメニュー】
中村屋純印度式カリー 1,500円
コールマンカリー 1,800円
野菜カリー 1,500円
シーフードカリー 1,800円
カリーのハーフ&ハーフセット 2,600円
ナポリターノ 1,200円
ボルシチ 1,800円
伊府麺 1,100円
麻婆豆腐定食 1,500円
カリードリア 1,480円
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Manna 新宿中村屋
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