2018年度、文化庁では「地域の食と文化芸術のコラボレーションによる新たな価値を生み出す『日本食文化レガシー』創出事業」を展開しており、その第一弾となるイベントが2月に岡山で、第二弾となる今回は京都で「春の京文化の世界へ」が開催された。
この事業は、日本各地に伝わる食文化や伝統工芸等のルーツをたどり、その地に根付いてきた「食」と「文化芸術」とを組み合わせることで、新たな文化的価値を生み出すことを目的としている。
料理人、茶人、芸舞妓、着付け講師が集った本イベントでは、京に息づく「春」をテーマに、それぞれの春の姿が地元学生や外国人、留学生を含む参加者100名に披露された。
【春の始まりを感じる園内の梅】
2019年3月12日(火)は、冬ごもりから目覚めた虫たちが地上に顔を出す「啓蟄(けいちつ)」と「春分」の間にあたる日。朝には降っていた小雨も、第一部の受付の始まる11時ごろにはすっかり晴れあがり、会場の『東本願寺 渉成園(しょうせいえん)』では、咲き誇る梅の花が参加者を出迎えてくれた。
『渉成園』は東本願寺の1万600坪もある庭園で、園内には大きな池が広がり、その周りでは梅や椿、桜、睡蓮などさまざまな草木が四季を彩る。参加者が集った大広間『閬風亭(ろうふうてい)』の窓からその雄大な園内を楽しみながら、イベントの開演を待つことに。
【ご挨拶】
11時半になると、ぐるなび代表取締役社長・久保征一郎氏による主催挨拶から、イベントがスタート。
「『日本食文化レガシー』創出事業を通して、お客様一人ひとりに文化の担い手になっていただきたい。本日は京都の春の文化を総合的に体験して、思う存分楽しんでください」(久保氏)
続いて宮田亮平文化庁長官が、ユーモアを交えて場を和ませながら、日本の食文化を盛り上げていきたいと語りかけた。
「私は文化庁長官であり、金属工芸家でもあります。器を作る時はこれで何を食べようか、どんなお酒をいただこうか考えると、いいものができます。本日お越しの外国人や留学生はじめ幅広い世代の方に、心づくしのおもてなしを楽しんでもらいたい。日本博も含め、日本の食文化を世界に発信するきっかけになるよう期待しています」(宮田氏)
ゲストスピーチとして、立命館大学 食マネジメント学部長・朝倉敏夫氏も登壇。立命館大学では2018年4月に食マネジメント学部を設け、食についての総合的な研究を始めており、京の食文化とも関わりが深い。
「KYOTO365と『日本食文化レガシー』創出事業は、食の意味を学び、次世代に食文化を伝える重要な役割を担っています。本日はぜひ京都の3月を、美味しく、楽しく味わってください」(朝倉氏)
【華やかな芸舞妓の舞】
スピーチの後、広間に祇園甲部の芸妓、舞妓が登場すると、一気に華やかな春の空気が満ちあふれる。
披露されたのは「祇園小唄」。「月はおぼろに東山」という歌詞から始まるこの唄は、舞妓の修業時代から学び、お座敷に上がってからも毎日のように披露される舞踊曲だそう。凛とした歌声に、憂いのある三味線の音色。それにあわせて舞妓は可憐に、芸妓は艶やかに舞い踊る姿に、誰もがうっとりと見惚れてしまう。
【5人の料理人によるコラボレーション懐石料理】
情緒のある舞の余韻も冷めやまぬうちに、いよいよ料理が目の前に現れた。
第一部で腕をふるうのは、写真右から園部晋吾(山ばな 平八茶屋)、磯橋輝彦(嵐山辨慶)、安念尚志(京料理 下鴨福助)、佐竹洋治(美濃吉)、田中良典(京料理 とりよね)。京都の料理屋に生まれた若旦那たちで構成する「京都料理芽生会(めばえかい)」に所属する、5名の料理人の共演による「弥生(三月)」の懐石料理だ。
《中央》
八寸
担当:安念尚志/京料理 下鴨福助(左京区)
筍木の芽和え、飯蛸(いいだこ)旨煮、春子南蛮漬け、二色玉子、サーモン手まり寿司、一寸豆蜜煮、床伏(とこぶし)旨煮。
台湾人の参加者は、木の芽を食べるのは初めてだったそう。「草木を感じさせる、鼻に抜けるさわやかさが新鮮ですね」。
《中央奥》
煮物椀
担当:園部晋吾/山ばな 平八茶屋(左京区)
蛤真蒸(はまぐりしんじょう)、しめじ、花弁独活(かべんうど)、花弁人参、うぐいす菜、木の芽。
ふんわりとした真蒸に、しゃっきりとした蛤の食感のコントラストがとても楽しいお椀。京の伝統野菜であるうぐいす菜が、春を感じさせる。
《右手前》
造り
担当者:磯橋輝彦/嵐山辨慶(右京区)
桜鯛、車海老、鮪、あしらい一式。
ほんのりピンクがかった桜鯛は、春の名物。コリッとした食感で、噛みしめると甘みが広がる。
《中央右》
炊合わせ
担当:田中良典/京料理 とりよね(西京区)
筍、蕗(ふき)、花菜、鶏、蓬麩、白葱、椎茸、鶏スープ餡かけ。
春の食材が色とりどりに器を飾る。素材本来のもつ甘みが鶏スープにからむことでしっかりと際立ち、滋味深い味わい。
《左手前》
焼物
担当:佐竹洋治/美濃吉(左京区)
信州サーモン幽庵焼。
ふきのとうをペーストにした味噌がサーモンにのる、春らしいほろ苦さが心地よい一品。
《左奥》
御飯
担当:佐竹洋治/美濃吉(左京区)
鰻ちらし寿司。
ひな祭りにちなんで、ちらし寿司を。さっぱりした酢飯と、甘いたれのからんだ、ふっくらの鰻といっしょに頬張ると、幸せな気持ちがこみ上がる。
《右奥》
水物
担当者:磯橋輝彦/嵐山辨慶(右京区)
果実パーラー(メロン、いちご、ブルーベリー、バナナ、せとか)。
旬の果物にさっぱりとした甘みのジュレがかかる。色とりどりの果物の甘みや酸味も軽やか。
どの料理にも春があり、目でも口でも春を堪能できる懐石料理のなかには、外国人にとっては珍しい食材もあり、そのいわれや味について、英語で観光案内ができる京都市ビジターズホストのメンバーが解説したり、同じテーブルを囲んだ日本人参加者が説明するという交流も。舞を終えた芸妓、舞妓も各テーブルを回って語らい、とても華やかで和やかな昼食となった。(※写真は第二部の様子)
【きものの意義を学ぶ着付け体験】
口福に満たされた後には、元京都きもの女王で、「和装着付 おとは」代表・平野恵未(ひらのめぐみ)氏による着付け体験を。外国人モデルへの着付けを見ながら、きものの意味や季節、そして歩き方などの所作についての解説に耳を傾ける。
この日の平野氏のきものは3色の花見団子をイメージされたそう。ピンクの帯揚げ、白の帯、緑のきもの――確かに花見団子。花見団子は桜を鑑賞しながらいただくだけあって、ピンクは桜のつぼみ、白は花、緑は花が散った後の若葉の色なのだとか。「柄だけでなく色の組み合わせでも四季を演出できるのです」と平野氏。着付けの外国人モデルもとても可愛くて、きものは日本が誇ることのできる、すばらしい文化だと改めて実感した。
【春の訪れを描くお茶席】
最後にはお茶席で一服。桜の花びらを模した上生菓子と抹茶をいただく。
茶室に飾られた、椿の「胡蝶侘助(こちょうわびすけ)」、扇に書かれた文字「寿山青不老 (じゅざんあおくしておいず)」はそれぞれ、春になっていくことを感じさせる、まさに今の時季を意味している。しつらえにも丁寧に季節を描く、粋な京都人の姿に感嘆しきり。お茶をいただいた後は、茶道具も拝見。外国人参加者も、自国にはない造形をとても興味深く眺めていた。
こうしてあっという間に、約2時間半のイベントが終了。さまざまな店の料理人が集って作り上げたお料理をいただくことなど滅多にないし、芸舞妓の舞を観て、さらに語らう機会も、京都に住んでいてもなかなか得られない。これらの貴重な体験とともに、きものやお茶といった伝統文化も学ぶことができて、充実の昼下がりとなった。参加者が、とても満足そうに会場を後にしている姿が印象的だった。
京都の春の文化の多様性を再発見できて、四季と密接に生きている京都がますます好きになる、喜びで胸がいっぱいになるイベントだった。これからの文化庁による日本博や食文化の取組、京都料理芽生会によるKYOTO365の展開にもますます期待が高まる。興味がある人は「本物」の食文化体験へいざなうプランを試してみるのも、おススメしたい。
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※第二部の料理人
田村 圭吾 [京料理 萬重/上京区]
下口 英樹 [平等院表参道 竹林/宇治市]
髙橋 義弘 [瓢亭/左京区]
佐々木 勝悟 [いづう/東山区]
左 聡一郎 [京料理 辰巳屋/宇治市]
▼KYOTO365公式サイト
https://kyoto365.jp/