新橋ディープエリアの洋楽バーが教えてくれたこと【酒旅ライター・岩瀬大二】
もう15年になる。最初はSNSの洋楽コミュニティかなにかで存在を知ったことがきっかけだった。当時、真面目に働いていた外資系企業から独立し、フリーランスのライターとして再びこの業界に戻ってきたころで、10年ぶりぐらいに街へ出て行こう、そう思っていたタイミングだった……。
なんて、ちょっと恥ずかしい私小説の冒頭みたいな書き出しになってしまったが、自分とバーの関係を語ろうとすると、なぜかこんな感じになってしまう。多少、格好をつけてしまうんだろうか。
今回のコラムの舞台は、新橋の中でもかなりディープなエリアにある洋楽バー『STAY UP LATE(ステイ アップ レイト)』だ。和訳すれば「夜更かし」。マスター1人でやっている店で、新橋で16年を迎えようというのだから立派だ。
マスターがこの店を立ち上げたのはまだ30代も中ごろ。タクシードライバーとか、いくつかの仕事を経験して、自分の趣味であった洋楽を商売にした。以前から洋楽マニアが集まるサークル的な活動に参加し、皆で集まり洋楽を語りながら楽しんでいた。
これを自分の仕事につなげられればという思いは、軽かったのか重かったのか、筆者にはわからない。飲食業は初めてだった。最初からオーナーバーテンダーで、オーナー洋楽ナビゲーター。飲食の経験はなかったけれど、洋楽を聞きながら酒を楽しむという喜びを広げたいという思いはあった。
CDは約11,000枚! 酒と洋楽を楽しむ『STAY UP LATE』
洋楽バーとはどういう酒場か。このマスターの店を例にとってシンプルに言えば、バーのメインコンテンツが酒と洋楽で、客は、店でかかる洋楽を楽しみながら酒を飲む。1杯飲めば1曲リクエストでき、空いた時間はマスターが場に合わせた気分の良い曲をかけてくれる。
洋楽は80’sが中心だが、60年代から現在まで、特に縛りはない。客のメインとなる層に80’s好きが多く、マスターもこの時代の音楽の洗礼を受けてきたから80’sが多いというだけで、時代もジャンルも幅広い。
いわゆるヒットチャートものから、プログレ、R&B、北欧にジャーマンにL.A.にと多彩なメタル、アリーナロック、アイドル、ディスコ、ユーロ、グランジ、ブリットポップ、AOR、ブラックコンテンポラリー、ウェストコースト、ブルーアイド、UKロック、UKパンクにニューヨークパンク、マンチェスター、グラスゴー、インダストリアル、ローファイ等々……、マニアが来店すればイタリアンプログレだのケルティックパンクだのとずいぶんニッチなサウンドも聴ける(今回はこんな調子で、いろいろな音楽ジャンルやカクテルの単語がでてくるが、「各自検索」ということでお願いしておく)。
店主が特定ジャンルにこだわる洋楽バーも多いが、こちらはマスターがビルボードチャートの洗礼を受けていることもあり、年代やジャンルの多様性が楽しさにつながると自然に理解しているのだろう。所有するCDは約11,000枚。ヒット曲ばかりではなく、アルバムだけに収録している曲もかかるし、一発屋(チャート風に言えばワンヒットワンダー)の懐かしい曲に、見ず知らずの客たちから同時に「お!」なんて声が飛ぶこともある。
もう一つのコンテンツである酒は、基本「洋酒」。ウイスキーとビールが主なものでカクテルも基本的なモノは揃う。ウイスキーの銘柄は洋楽ほどニッチではなくスタンダードなものが多い。フードはいわゆる「乾き物」で、手の込んだものはない。最初の1軒か、2軒目の友人との語らい、3軒目の深夜という客層でもあるし、それ以上に、洋楽と酒のペアリングを楽しむのだから、通っているうちに余計なものはいらないと感じるようになる。
その国の酒とその国の音楽、カクテル名と曲名……最強のペアリングとは
さて、洋楽と酒が織りなす楽しさのいくつかを紹介していこう。まず、単純ではあるが、その国の酒とその国の音楽を合わせる。アイリッシュウイスキーのジェムソンと、アイルランドのロック&ポップス。ショットやロックで飲むならU2、シン・リジィ、ゲイリー・ムーア、ブームタウン・ラッツにハードロック好きならママズ・ボーイズなんてのもありか。
ダブルのソーダ割でアイリッシュパンクのザ・ポーグス、シューゲイザーの代表的存在マイ・ブラッディ・ヴァレンタインに王道クランベリーズ。ブリットポップの人気バンド、アッシュもこれか。薄めのソーダ割ならアイドルポップスのノーランズ、リラックスならエンヤ。ジェムソンベースの強めのカクテルで歌姫シネイド・オコナー、飲みやすく仕上げてもらえればスノウ・パトロール。アイルランドの音楽と酒だけでこれだ。スコティッシュウイスキーではなくアイルランドを例にとったのは、これだけで1回分のコラムになってしまいそうだから。
カナディアンもバーボンも同様だ。趣向を変えて、同じ時代を生きてきた友人なら、あの頃の思い出の場面とからめるのもいい。AORならバーボンソーダ、特にI.W.ハーパーを飲みながら、ベット・ミドラーのローズ、ボビー・コールドウェルのハート・オブ・マインやステイ・ウィズ・ミー、カーラ・ボノフのオール・マイ・ライフ、アル・ジャロウのアフター・オール……。某タバコメーカーの青い夜景の印象的なCMで流れた曲たち。蘇るあなたにとっての80’sはどんな思い出だろうか。そこにシャカタクのナイト・バーズやケニーGあたりが絡めば、カンパリを使ったカクテルの出番だろうか。
カクテルといえばそのまま曲名になっているものがあるし、イメージを広げていくとおもしろいものもある。ここから書くカクテルは、お店でできないものも多いのだが、酒と音楽の関係のおもしろさの一例ということで、勝手に妄想を広げて行こう(また、忙しい時間帯は基本的なカクテルの対応のみ。手のかかるカクテルは早めか遅めかの時間に限られる)。
キッス・オブ・ファイヤーでキッスの曲、テキーラ・サンライズはそのままイーグルスの同名曲がある。XYZやブラック・ベルベット、エンジェル・ウィング、タイフーン、ジャック・ローズなんて定番カクテルの名前をきくとメタルな感じが想像される。
マリブミルクならハノイ・ロックスのマリブビーチの誘惑か。はしゃぎ過ぎには要注意だが、スパンカーズのセックス・オン・ザ・ビーチで同名カクテルのセックス・オン・ザ・ビーチ。このカクテル自体はウォッカベースだが、曲の中ではカイピリーニャ、キューバ・リブレ、ロングアイランド・マティーニなんてカクテル名が出てくる。このあとセックス・オン・ザ・ビーチを飲みながら、このカクテルを日本でも有名にしたトム・クルーズの映画『カクテル』にちなんで、洋楽ファンにはおなじみのビーチ・ボーイズが歌う主題歌ココモで静かに浸るのもいいし、多少気持ちをあげるなら、マイアミ・ビーチ、ハバナ・ビーチといったカクテルをピットブルあたりで楽しむのもいい。
「趣味を共有できる場」としてのバー。それが大人のたしなみ
さて、今回お伝えしたいことは「洋楽バーという酒と音楽を楽しめる場がある」ということと、一見カジュアルだが、だからこそ一流のバーと同様に客としての「バーでの振る舞い方を教えてもらう」こともできるということだ。
バーで見知らぬ人と話してはいけないこととして、昔の定番は政治と宗教の話だが、これに加えてやっかいないのが趣味の話だ。趣味というのは、スポーツでも音楽でもワインでも誰かのアンチは誰かのファンだったりする。隣の席から聞こえるひいきチームに対する心無い批判で不快な思いをすることもあるだろう。誰もが声高に、単純な解放感を求め、酒なんて結局は酔えれば何でもいい、というような酒場であれば、そこにいる自分も割り切ることもできるだろうが、バーという、良いお酒に浸るための共有空間にいる際にこれをやられてはたまらない。
自分が好きな酒を味わって、その時、思い出が詰まった自分のリクエスト曲がかかった時に、カウンターの向こうの見ず知らずの酔客に「あぁ、この曲ってつまんねえよな」なんて言われた時の気持ち。有楽町の国際フォーラムあたりでライブを見た帰りに立ち寄って、そのアーティストの曲をリクエスト。友人とビールで乾杯の瞬間、そんな声を聞きたいわけがない。
洋楽バーだから派手な曲も、思わず踊りだしたくなるような曲もあるし大声で歌いたくなる曲もかかる。でも、それをやっちゃいけない。マスターは16年の間、こういう客とある意味で戦いながら、心地よい空間をつくるために腐心してきた。昔からの付き合いのある人を泣く泣く入店禁止にしたこともある。「太い客」でも強く当たることもあるし、そうしなくてもいいようにその意を受けて場の空気をあたたかくつってくれる常連を増やしてきた。洋楽も酒も、それぞれの思いがあって、それぞれに好きなものがある。それを共有できる場としてバーという場所がある。趣味と趣味が重なる場だからこそ、より大人の嗜みが試される。
バーで格好良く、しかし存分に楽しむ、そのバランス。音楽と酒のペアリングをそれぞれが楽しみながら、バーでの振る舞いを学ぶ。筆者がいつのまにかここで夜更かしをしてしまう理由は、音楽好きで酒好きで、そして心地よい空間であるからだろう。筆者にとって酒は仕事だし洋楽もそこそこ詳しい。言いたくなることもたくさんある。だがマニアは時に場を壊す。しかし時に良き空間の手伝いにもなる。酒も音楽も、知識や体験をひけらかすのではなく、そこにいる人たちと「共犯者」になるために。高くなった鼻を音楽と酒でまろやかにおさめ、ゆったりと楽しむ。それが筆者の洋楽バーの楽しみ方。
今日のリクエストは何にしよう……、そんなことを思いながら新橋のディープエリアを歩く。開店時間、まだ客は筆者一人だけ。リクエストする前にマスターが「今日の入場曲」を先んじてかけてくれる。この日は、恐る恐る、はじめてカウンターに座った日にリクエストした、エディ・マネーのシンク・アイム・イン・ラブ。「こんな曲ないでしょ?」「(ニヤリ)ありますよ」。そんな会話から15年。マスターも頑張ってきたし、自分も自分の人生をがんばってきたなと思いながら、次はスティクスのザ・ベスト・オブ・タイムズをジャック ダニエルのオン・ザ・ロックでリクエスト。好きなものがある場所を一緒に守っていく。カウンターで隔てられていても我々は仲間なのだ。
洋楽 STAY UP LATE(ステイ アップ レイト)
- 電話番号
- 03-3433-7535
- 営業時間
- 月~金 19:30~翌01:00(L.O.24:30)
- 定休日
- 毎週土・日曜日 祝日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。