知っている者しかたどり着けない、孤高の焼鳥店
大きく看板を出さない名店が林立する、東京・西麻布4丁目界隈。写真上、飲食店の気配を微塵も感じさせない扉もその1つで、今最も注目すべき焼鳥店だろう。
完全予約・紹介制『鳥さわ22(にじゅうに)』。右端に小さく見える「22」が目印だ。
同店は、紹介者がいなければ入店できない、いわゆる「一見さんお断り」店である。本店『鳥さわ』に何度か通うか、周辺に焼鳥好きを見つけるしか術はない。
今回はその全貌を取材することができた。食通を虜にする極上焼鳥の世界を、少し覗いてみよう。
引き戸を開くと、カウンターを御影石(みかげいし)で設えたシックな空間が広がる。席はカウンター7席のみ、お一人様から楽しめる。
一度訪れたお客からの電話予約は受け付けているものの、常連客が帰る際にまた次回の予約をしていくので、直近の予約が取りにくいという。
広いカウンターに着席すると、どの席からも店主・中澤章(あきら)さんの姿をしっかり見ることができる。シンプルで洗練されたテーブルセッティングに、これから始まる至福のひとときへの期待も高まる。
熟練職人が挑戦し続ける理由
中澤さんは、焼鳥界で知らぬものはいないほどのプロフェッショナル。料理人としてのキャリアはお好み焼き店から始まったが、焼鳥好きということもあり、有名焼鳥店で研鑽を積む。その後は鶏肉卸会社にて鶏肉への知識を徹底的に深めた。そして2011年、東京・亀戸に『鳥さわ』を開業、瞬く間に超人気店へと育て上げた。
なぜ、このタイミングで新店オープンに至ったのか。
「『鳥さわ』はようやく皆様に愛される店になってきましたし、任せられるだけのスタッフも十分育っています。そんななかで、やはり原点に返って小さい店でいろいろ挑戦したいと思ったんです」(中澤さん)
白木カウンターの焼鳥店が増えてきている昨今、中澤さんにとっては、その流れも「あえて外したい」ポイントになっている。だから白木ではなくあえて御影石カウンターなのだ。
そのこだわりは、もちろん使用する鶏にもおよぶ。同店では20種類前後の部位を用意するが、徳島の地鶏「阿波尾鶏(あわおどり)」と鳥取の銘柄鶏「大山(だいせん)どり」の2種を部位によって使い分けているのだ。最高の鶏を、最高の技術でもって最高のおいしさに仕上げる。
極上の焼鳥で、至福のひとときを
焼鳥メニューはおまかせのみ。客からの「ストップ」がかかるまで提供される構成だ。
最初に苦手なものを聞いて内容を組み立てるが、食べる速度や、飲むお酒の種類を見ながらその内容を臨機応変に対応しているという。
それでは、極上の焼鳥と外せない一品料理を一部お見せしよう。
「最初は、さっぱりとした部位から行きますね」と、中澤さんは大山どりを使った「さびやき」(写真上)を仕上げた。『鳥さわ』でもファンの多い一本である。
ぷっくりとしたササミに、静岡県産の淡い色のわさびを一文字にのせる。これぞスタートにふさわしい。
すりおろしたばかりのわさびの甘みが、レアでありつつもジューシーなうまみを秘めるササミと一体となり、「さびやき」の唯一無二の世界観を体感できる。
この最初の一本に誰もが唸り、これから続く焼鳥三昧への期待が満ちてくる。
脂がよく乗った「ハツモト」(写真上)。大山どりの大動脈部分だ。塩を振ったのち表面はしっかり炙り色付けているが、脂を封じ込める焼き加減は、長年の技と勘のみが頼り。
脂滴る熱々を頬張ると、プリプリと跳ね返されるようだ。程よいかたさの身を噛みしめるにつれ、上品な脂が口に広がり華麗にとろける。
続いて大山どりの「セセリ」(写真上)。鶏の首部分の肉で、こちらも塩味。肉が串の先端近くに凝縮して打たれているので、うまみも凝縮していることは想像に容易い。また、食感を考えて軟骨も残しており、ひと口で食感の広がりも感じることができる。
「中心部の0.5mmほどをレアに焼き上げるのが理想です。セセリは焼くのが難しい部位ですね」と中澤さん。
そしてコースの山場へ。
しっとり輝くキンカンが美しい「ちょうちん」(写真上)は、口の中でプチンと割れる瞬間が醍醐味な一本。キンカンとは、卵になる直前の卵黄部分のこと。これに輸卵管という卵巣部分のヒモを一緒に串に刺して「ちょうちん」に見立てているというわけだ。
タレをつけたら、炭台の端にキンカンを引っ掛けるように乗せる。キンカンは温める程度にとどめ、ヒモは軽く焦げ目が付くぐらいに火入れする。ひと串でめくるめく変わる美味を、五感を集中させて味わいたい。
コースの合間には、好みによって野菜串も供される。
色鮮やかで小さい野菜は「キンシンサイ」(写真上)。
中華料理の素材として知られるヤブカンゾウやホウカンゾウのつぼみで、薬効もある高級食材だ。
塩を振り、素材の味と食感をしっかり残すように火入れしたキンシンサイは、アスパラガスに似た味わいだ。
焼鳥を最高の味に仕上げる、名脇役たち
鶏のうまみを引き出す塩は、九州産と沖縄産の2種類を使い分けている。
「口当たりの邪魔にならないよう、サラサラとしたタイプの塩がいいんです」(中澤さん)。
さらに焼き台の上には、野菜に塗るオリーブオイルをはじめ、醤油、酒、水、タレが器に入って並ぶ。これらを部位によって使い分け、最良の味に仕上げるのだ。
タレは、シンプルにみりんと醤油のみで作っているが、そこから継ぎ足し継ぎ足し、さらに鶏肉の脂が徐々に溶け込むことで、奥行きのある唯一無二な風味を醸し出している。
客の好みも聞きつつ、タレの串を塩で出したり、またその逆もしかり。ただ、もちろん好みはあるだろうが、塩かタレかの選択も含めて「おまかせ」で味わうのが最善だろう。
「焼き」は、何で焼くかも重要。同店で使用する炭は、今や希少な白炭「紀州備長炭」。紀州、つまり和歌山県は備長炭の最高峰の産地だ。
白炭を作り出すのは大変難しく、その技術は県の無形民俗文化財にも指定されているほど。そんな白炭の魅力は、火力が強く火持ちもいいということ。つまり、その状態を見ながらうまくコントロールできる腕が必要ということである。中澤さんは、その炭をうまく操って最高の舞台を整え、一本ずつ丁寧に仕上げていくのだ。
充実の一品料理やお酒に満足感もひとしお
焼鳥のコースではありつつも、やはり緩急が欲しいところ。
同店定番の箸休めは、鬼おろし(刃の粗い竹製のおろし器)で仕立てる大根おろしと自家製のお新香。他にも、鶏皮ポン酢や厚揚げ焼きや、鶏皮を軟骨に巻く「変わり串」といったお楽しみもある。
そんななか、常連客の間で人気が高い一品が「そぼろご飯」(写真上)。そぼろには阿波尾鶏のムネ肉、モモ肉、さらに軟骨も使用しており、ひと口で様々な食感を楽しむことができる。
焼き鳥に使うタレで調味するそぼろは、ご飯が進むがお酒にもぴったり合うので、シメでありつつも一杯が進んでしまうだろう。添えられる鶏ガラスープは、澄んでいながら鶏の滋味深い味わいが凝縮されており、しっとり胃袋を癒すことができる。
西麻布という土地柄もあり、お酒もラインナップ豊富。ビール、焼酎、日本酒など各種揃うが、中澤さんが特におすすめするのがワインだ。中でもイチオシは「サントネイ・ルージュ」(写真上・中央の2本)。焼鳥の濃厚なうまみを、優しく気品のあるブルゴーニュワインがしっかり受け止める。
「一本一本、誰にも負けない気持ちで焼いています」
好きな焼鳥で店を開くことを目標に研鑽を積んできた中澤さん。鶏肉を知り尽くしている一方で、「焼鳥は、味見ができないのが一番難しい点ですね」と語る。味見できないからこそ、お客さんの表情を敏感に感じ取りながら焼きに努めているという。
「一本一本、誰にも負けない気持ちで焼いています。でも、ごく普通の焼鳥屋なんですよ」(中澤さん)
亀戸で繁盛店を築き、西麻布でプレミアムな同店の成功。そしてさらに、5月12日に麻布十番店がオープンした。
焼鳥を軸に様々な挑戦を続ける中澤さんから、焼鳥への愛と強い信念を感じずにいられない。
撮影:佐々木雅久
【メニュー】
おまかせコース 約4,000円~
ビール 800円~
ボトルワイン 5,000円~
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税抜きです
鳥さわ22
- 電話番号
- 03-3499-1808
- 営業時間
- 17:30~25:30(L.O.)
- 定休日
- 土・日曜、祝日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。