東京から良アクセスな楽園、伊豆諸島「新島」
昭和40年代、高度経済成長によって人々の所得が増えてきた日本では、空前の離島旅行ブームが訪れる。まだ沖縄へ行くにはパスポートが必要だったこの時代、東京の南に位置する伊豆諸島は、多くの人にとって憧れの地であり、夏になると観光客がこぞって訪れた。
それから半世紀が過ぎ、格安航空便の普及も手伝って海外旅行が身近になるなかで、青く美しい海を持つ伊豆諸島も再度注目を集めている。
その要因はなんと言っても都内からのアクセスの良さ。飛行機だと1時間以内、高速船でも3時間程度で着くというから、きれいな海が見たい人にとってはこの上ない旅先と言えるのではないだろうか。
そんな伊豆諸島の中で最大の島は伊豆大島だ。面積のみならず、人口も観光客数も最大であり、島の中心地はもはや街として発展している。反対に、最南端に位置する青ヶ島は「日本で最も人口の少ない村」と言われており、その人口は伊豆大島の約8,000人に対してわずか170人ほど。もちろん飲食店もほとんどないため、グルメを存分に楽しむ旅というのは少し難しい。
多くの人にとっては、自然をのんびり満喫しつつグルメも妥協したくないというのが正直なところだろう。そんな方におすすめなのが、新島(にいじま)である。
人口は2,000人弱で、観光客もそこまで多くない。そして羽伏浦(はぶしうら)海岸やシークレットビーチでは美しい海を満喫できる上、中心街は飲食店も豊富なため、自然とグルメどちらの魅力も併せ持つ島と言えるだろう。
創業約50年、地元で人気の寿司屋『栄寿司』
旅先でおいしいものを食べるには、地元民に愛されている店を探すべきである。特に離島では、多くの島民が漁業に携わっているのもあり、新鮮な海の幸を自宅で食べることができる。よって、島民が愛する店=おいしいものが味わえる店ということになる。
新島に暖簾を掲げて50年の『栄寿司(さかえずし)』は、客のほとんどが島民という地元で愛され続けている寿司屋である。島内で最も飲食店の多い本村(ほんそん)に位置するが、店から出るとすぐ海が見え、そのロケーションも申し分ない。
歴史を感じさせられる暖簾をくぐると、小綺麗なテーブル席とカウンターが広がる。奥には14名まで入る座敷もあるので、団体で食事を楽しむこともできる。この日も開店と同時に客が押し寄せ、あっという間にほぼ満席という盛況ぶりだ。
いいものを安く、妥協を許さない店主のこだわり
2代目店主の宮川浩一さんは、握りはもちろん、仕入れや仕込みもこなしている。寿司以外の料理は奥様が作るという2人体制で営業している。
宮川さんに店のこだわりを聞くと、「良いものを安く提供するための努力を怠らないこと」だと言う。決して小さくはない店を2人で切り盛りしているのも、余計な費用をそぎ落とすためなのだ。
観光客がそこまで多くない新島では、地元民に愛されることが一番大切。鮮魚に舌が肥えた地元民に認められるためには、質の妥協もできない。
ただ、ネタ以外の醤油やわさび、ご飯などの島外から仕入れす必要のある素材へのこだわりは最低限にとどめ、極上のネタを少しでも安く提供することを最優先しているという。
一番人気の「島寿司」で島の味を堪能
同店には、地魚を使った刺身やカルパッチョもあるが、最も人気なのは「島寿司」だ。島寿司とは、八丈島から伝わった伊豆諸島の伝統的な寿司で、独自のタレに漬けた白身魚をネタとする寿司のこと。冷蔵機器が流通する前、温暖な気候の伊豆諸島で保存食として広がったのだが、その独特の風味と食感によって、今でも伊豆諸島内では郷土料理として愛されている。
島寿司の味を決める重要な要素は、「漬けダレ」と「ネタ」だ。
漬けダレは、店ごとはもちろん、島ごとでも系統に違いがある。例えば神津島(こうづしま)のタレは少し甘めであるのに対して、伊豆大島では島とうがらし由来の強い辛みがある。
立地的にもその間に位置する新島の『栄寿司』が供する島寿司は、風味を出すために島とうがらしを使いつつも、甘さがやや強いタレに仕上がっている。これなら子どもでもおいしく食べられ、酒の肴としても機能する。
魚の仕入れは、宮川さん自らが市場に出向いて行う。これまで、様々な島で水揚げされたものを試してきたが、やはり地のものが鮮度・風味共に良いため、できる限り島近くで水揚げされたものをネタとして使用している。
特に金目鯛やメダイに関しては、付近で獲れたものは脂がのっていて格別だと宮川さんは言う。そうして吟味された魚と特製ダレの相性は抜群だ。脂がのっている魚の甘みをタレがさらに引き出し、ほんのりとした辛みが味にまとまりを生む。
同店の「島寿司」(写真上)は一皿で3種の寿司を食べることができる。この日は、写真上・左から甘くて濃厚な味わいのメダイ、さっぱりしておりいくらでも食べられてしまいそうなカンパチ、タレによってマグロ特有の酸味が抑えられたメジマグロ。ワサビでなくカラシを乗っているのは、かつて伊豆諸島ではワサビが希少だったことの名残だ。
「島寿司」以外にも豊富な肴でお酒が進む
「島寿司」はタレがしっかり染みこんでいるのでついついお酒も進んでしまうが、せっかくなら島ならではの肴も頼みたい。
「明日葉の天ぷら」(写真上)は、島で採れた新鮮な明日葉を高温で素早く揚げた一品。外はサクッとしているが中は意外にもモチモチしており、その2つの食感を楽しむことができる。
「たたき揚げ」(写真上)も是非とも注文すべき一品だ。島で獲れた青ムロアジを叩いてすり身にし、ショウガや大葉などと混ぜて揚げた練り物なので、噛むほどに各食材の味わいが増してくる。こちらも伊豆諸島の郷土料理だが、店ごとに味が異なるので、他店も回って違いを比較してみても面白い。
いずれも島の焼酎「嶋自慢」と合わせて一杯やれば、最高の夜になるに違いない。新島でのひとときが、人生にとって大切な時間となることだろう。
写真提供元(一部):PIXTA
【メニュー】
島寿司 2,000 円
たたき揚げ 540円
明日葉の天ぷら 500円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込みです
栄寿司
- 電話番号
- 04992-5-1539
- 営業時間
- 11:30~14:00、17:00~22:00
- 定休日
- 不定休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。