いま大注目の、中国・辺境「マニアック中華」 湖南編
この味、中華ではあるんだろうけれど、今まで食べたことがない…! 初めて「マニアック中華」を食した人は決まってそう口にする。未知なる食体験に五感が刺激され、瞬時に魅了されてしまうほど個性的な「マニアック中華」。本記事は中国南部に居住する少数民族料理のことと定義し、その“湖南編”を紹介していく。
中国では、湖南省と接する南西の広西チワン族自治区や西の貴州省との境目近郊に“複数の少数民族”が暮らしている。たとえば南部にミャオ族、そして西部にイ族など。代々伝わる独自の食文化を大事に受け継いでいるため、少数民族ならではの調理法が、今なお混在しているという。
『香辣里』は、マニアックな湖南料理を網羅する店
「湖南料理」の最も簡単な説明は「八大中国料理のひとつである郷土料理」であろう。豊かな土壌と食文化をもつ湖南省の立地と代表的な郷土料理については『李湘潭 湘菜館(りしょうたん しょうさいかん)』の記事で詳しく紹介したが、辛いことで有名な湖南料理の中でも、よりマニアックでディープな料理を楽しめる店が、今回ご案内する『湖南菜 香辣里(コナンサイ シャンラーリー)』だ。
中国の人々は湖南料理の辛さを“香辣(シャンラー)”と呼ぶ。料理にあわせて生の青唐辛子や赤唐辛子、乾燥させた小粒の唐辛子などさまざまな品種の“唐辛子”を組み合わせて調理する。花椒(ホアジャオ)などのしびれる辛みは使わないため、舌にストレートに突き抜ける、シャープな辛さが特徴だ。
確かに唐辛子を多用した辛い料理が多い。しかし、辛さだけが湖南料理ではない。『香辣里』は辛さ以外の魅力を「ハーブ」「発酵」そして「燻製」と表現する。
人気店『味坊』のオーナーがプロデュース
まず驚くのが、オーナーが梁宝璋(リョウ ホウショウ)さんだということ。
羊肉のうまさで食通をうならせ、多数のメディアにも取り上げられる有名店、神田の『味坊(アジボウ)』をはじめ、湯島の『味坊鉄鍋荘』、御徒町の『羊香味坊(ヤンシャンアジボウ)』で“中国東北料理”の店を、『老酒舗(ロウシュホ)』で北京の大衆酒場のつまみを出す居酒屋と、それぞれのコンセプトで東北や北京の料理を展開してきた人物。どの店も人気店で連日賑わっているが、『香辣里』はその梁さんが新しい試みで出店した、“中国南部料理”の店なのだ。
「梁さんの故郷である東北料理を日本に伝えてきましたが、縁あって湖南地方を訪ねる機会があったんです。そこで食べた料理に衝撃をうけました。中国は広大です。東北とは全く違う、南の中国料理も味わってもらいたい、と湖南料理の店を始めることになったのです」と話すのは、味坊のグループ店舗でブランディングを担当している編集者の小林淳一さん。驚くほどバラエティに富むメニューから、今回は小林さんに『香辣里』が掲げる「ハーブ中華」「発酵中華」「燻製中華」の特徴がわかるマニアックな料理を推薦していただいた。
料理
湖南省辺境の少数民族料理
特徴
湖南省と接する南西の広西チワン族自治区や西の貴州省との境目近郊に暮らす、複数の少数民族の料理。「ハーブ」はチワン族、「発酵」はチワン族・イ族・ペー族・ミャオ族、「燻製」はトン族、ミャオ族など、その地ならではの食材を使って生まれた調理法が受け継がれ、それぞれの地域で今もなお色濃く残っている。
見慣れない新領域の料理を初めて食べるとなると何を注文したらいいか困りそうだが、同店のメニューは親切だ。「ハーブ中華」「発酵中華」「燻製中華」と分類され、さらに個々の料理に説明が付いているので選びやすい。
それでは順に、2品ずつ紹介していこう。
▲【ハーブ中華】紫蘇煎黄瓜(きゅうりの大葉ロースト)
こちらは大葉とキュウリをつかったシンプルな料理で、湖南省南部の代表的なメニュー。湖南省南部は、中国最南部の広西チワン族自治区や広東省と接しベトナムの国境とも近いことから、大葉やミント、パクチーなどハーブ類を使用する料理がたくさんある。
熱した鍋にほんの少量の油をなじませ、厚切りのキュウリを強火で一気に炒めあげ、大葉と鶏がらスープで調味し、香りづけに木姜油(ムージャンユ)をかける。調理時間わずか20秒、高温短時間調理でキュウリの水分を中に閉じ込める。一般的に中国でキュウリは、生食もするが、炒めたり煮たりと加熱調理することが多い。
辛みはなく塩味もやわらかい。噛むごとにキュウリのみずみずしさと大葉の香りが口の中を舞う。炒めたキュウリは舌触りがよく、カリッポリッとした食感も爽快。箸休めにぴったりな一品だ。
レモングラスのような爽やかな香りで料理を華やかにさせるエッセンスが、この木姜油(写真上)。木姜は日本で山蒼子(サンソウシ)や山胡椒と呼ばれる植物。レモンの主要香味成分と同じものが含まれており、少量使うだけで驚くほど軽やかな風味が加わるオイルだ。
食事の間に香味を挟むことで、食事のリズムを作るという考え方がある。その箸休め料理に一役買う、湖南料理には欠かせない調味料である。
▲【ハーブ中華】刀切羊肉(皮付きヤギ肉の冷菜~ミントとレモンのソース)
ヤギ肉料理が最近ようやく定番メニュー化できたという。なかでも「皮付きヤギ肉の冷菜~ミントとレモンのソース」はハーブ中華としておすすめの一品で、人気も上々。
使用する肉は肩からお尻の部位で、スパイス類と塩を加えたお湯で茹でるが、塩の浸透圧で肉の水分が抜かれ、ほどよく身がしまる。冷やしてスライスしたヤギ肉に、フレッシュミント・レモン・ラッキョウ(塩漬けしたもの)のみじん切りで作った薬味とタレをたっぷりかける。
野生的で力強い風味をもつヤギ肉にフレッシュなハーブの薬味が実に合う。この料理、ヤギ肉を皮付きで調理するのがポイント。まるでグミのような弾力ある皮と身の間の、コリコリとしたゼラチン質の食感を現地の人々は非常に好むという。
▲【発酵中華】酸湯牛肉(牛肉のスープ)
次は「発酵」。食材を保存する技術として、発酵は複数の少数民族の間で発達している。「牛肉のスープ」はミャオ族の食文化に見られる料理だという。
定番メニューではなく、時々黒板“本日のおすすめ”で登場する一品。こちらのメニューがある日はぜひ食べてみてほしい。スープの味付けが興味深い。ベースの鶏がらスープにかぼちゃの裏漉しを加えることで甘みをもたせつつ、炊いてから乳酸発酵させたご飯と塩漬け発酵させたトマトや大根、唐辛子でピリッとした辛さもプラスして牛肉を煮込む。
運ばれてきた瞬間、酸の立つ香りに一気に食欲が掻き立てられる。口にすると、その酸味は不思議と強すぎない。むしろ加熱したことでまろやかさを帯びた自然な酸味が心地よい。
実に具沢山。お肉がたっぷりなうえに大根やとろけたトマトがごろごろと入っている、食べるスープだ。
▲【発酵中華】香辣魚(臭魚~季節の白身魚の香辣蒸し)
発酵中華を代表する魚料理、臭魚(チューユゥ)。湖南料理の店ならたいてい置いてあるメニューだというが、中華として今まで味わったことのないうまみに衝撃をうける一品だ。
白身魚を塩水の発酵液に1~2週間漬け込み、丸ごと素揚げしたあと、唐辛子や剁辣椒(ドゥオラージャオ)とともに蒸し煮にする、手間ひまのかかった料理。本来はコイの仲間の淡水魚で、もっとゼラチン質のある魚を調理する料理だが、同店では仕入れや食べやすさから黒ソイやアイナメ、メバルなどを使用する。
加熱状態でテーブルに運ばれ、ほぐした身をスープに浸して食べる。店員の方がきれいに骨をはずしてくれるので安心。塩味の強い料理だが、魚を発酵することで凝縮した魚のだしのうまみと唐辛子の辛さが勝り、塩辛すぎない。
自家製の剁辣椒(ドゥオラージャオ)。塩漬けで乳酸発酵させた唐辛子に豆豉(トウチ)や油を加えたもので、湖南料理に欠かせない調味料だ。
▲【燻製中華】腊肉香干(スモーク豆腐と燻製豚肉の炒めもの)
次に「燻製」。食材の水分を抜くことで腐敗を防ぎ、周りをいぶすことで虫を寄せつけないという効果があるため、食材の保存法として広く取り入れられているが、燻製の方法は各地方で違いがある。湖南に居住する少数民族の中ではミャオ族の燻製料理が有名だ。
石をのせ水分を抜き引き締まった豆腐を燻製したものと、塩漬け後、米ぬかで燻製し乾燥させた豚バラ肉・腊肉(ラーロウ)をそれぞれ薄くスライス。赤や青の生唐辛子に甘長唐辛子など数種の唐辛子を組み合わせてオリジナルの辛さをだし、醤油・豆豉・鶏がらスープで味付けし、短時間で炒めて仕上げる。
キュッとしまった豆腐と豚肉の食感が楽しく、非常に辛い。あとからどんどん辛さがやってきてヒリヒリするほどだ。唐辛子のストレートに響く辛みに、燻製の香りと風味が口の中を支配する。
こちらが豚バラの燻製肉・腊肉(写真上)。燻製で全体が真っ黒に変色した塊だ。常温保存で約1年間食べ続けることができる。湖南省では一般的にもみがら(米粒の最も外側を包む殻)で燻すが、同店ではこれを米ぬか(玄米を精米するときに出る粉)で燻す方法で自家製している。
まず豚バラ肉を、肉の重量に対して20%以上の塩(肉を熟成はさせない高塩分濃度)で2週間塩漬けし、肉から適度に、水分を抜く。続いて1~2週間米ぬかを燃やす煙でいぶし続け、その後1週間ほど乾燥させる。完成まで実に1カ月を要する。燻製の香りをまとわせた肉は脂身までもが芳ばしい。このままでは非常に塩辛いので、調理する際は薄くスライスしたものを水に1日半ほど放し、塩分を落としてから使う。
▲【燻製中華】香辣里炒飯(燻製豚バラの香辣里チャーハン)
最後に米料理を。具材は燻製肉の腊肉と葉ニンニク、ネギを細かく刻み、香米(ジャスミンライス)や卵と炒め、老油醤油(濃色の甘みある中国醤油)で調味する。
米は香米を使用。炊飯せず水分を十分吸わせてから蒸しあげるので、炒めるとパラパラに仕上がる。噛むほどに香り高く、刻んだ肉の食感と米の粒感がなんとも軽妙だ。
食材や調味料が揃ってはじめて、中国少数民族料理が展開できる
中国少数民族をルーツとする料理には独特な食材や調味料が不可欠。日本で展開する店ができ始めたとはいえ、異国の地・日本で定番メニュー化するのは非常に難しい。発酵魚や燻製肉など、工程に手間ひまを要する食材や発酵調味料を継続的に“自家製”し、供給を確立しないと実現できない。まさに店の挑戦と努力以外の何者でもない。
食材でいうと、例えばヤギ肉は質のよいエサを与えしっかりと屠畜(とちく)されたオーストラリア産のものを安定的に仕入れている。しかもヤギは一頭買い、加工されていないものを丸ごと取り寄せる。同店と他の系列店舗で、それぞれ使う料理に合わせた部位を分け合う。こうすることで鮮度抜群のおいしいヤギ肉を複数の店舗で提供できるというわけだ。「中国南部の料理名で「羊肉」と書いてあるものは、「ヤギ肉」であるケースも少なくないんですよ。そのくらい現地では一般的な食材です」と小林さん。現地の料理を極力再現するため、おいしい食材の仕入れにも力を入れる徹底振りが見事である。
発酵食品は、発酵液の状態や環境・温度などで発酵具合が変わってしまう。仕上がりも数日から数週間後なので、発酵過程でどう変化していくかが読みにくい。同じ食材でも発酵具合は毎回異なることを経験し調理するのは、料理人の腕のみせどころだろう。
そして燻製は調理場所の問題だ。煙が出るところが悩みのタネである。現在は足立にある工場で米糠利用の燻製肉を作るようになり、安定供給を可能とした。
この自家製食材への研究や、必要な手間と時間を考えたら、メニューはどれも非常にリーズナブルだ。
扉が開くとそこは湖南! 現地へ瞬間移動したかと思わせる空間
場所は、東京・三軒茶屋の飲食施設「GEMS(ジェムズ)」の7階にある。エレベーターの扉が開くと、まるで現地の田舎にある店のような空間が広がっている。中国では都会人が休日に田舎へ出向いて農家を訪ね、素朴な暮らしや田舎料理を楽しむ「農家楽(ノンジャーラー)」というレジャーがとても人気だが、梁さんは店づくりにこの農家楽のくつろぎを表現したという。
『香辣里』のメニューは、『味坊』総括料理長の張鋒(チャン ファン)さんが担当。出身は東北黒竜江省・ハルピンだが、北京のホテルで中国全土の幅広い料理の経験をもつ。同店では南部“湖南料理”の本場の味をゲストに楽しんでほしいと考案。今後展開する新しいメニュー提案にも力を入れている。
またアルコールは、『味坊』と同様こだわりの自然派ワインをリーズナブルに取り揃える。同店のマニアック中華とワイン、個性的なもの同士の組み合わせが楽しめるのも興味深い。
南部中国料理の豊かさ、奥深さを知ることのできる湖南料理。初めて食す感動の味と出逢える『香辣里』へ出かけてみよう。
▲梁宝璋(りょう・ほうしょう)さん
中国北部・黒竜江省チチハル市生まれ。2000年神田に故郷の東北料理店『味坊』をオープン、おいしい羊肉が食べられる店として絶大な人気を得る。2016年湯島に『味坊鉄鍋荘』、御徒町に『羊香味坊』、2018年御徒町に『老酒舗』と、コンセプトの異なる東北料理店を次々に開店。そして5店舗目としてオープンした『香辣里』は初の南部・湖南料理とあって注目を集めている。
【メニュー】
紫蘇煎黄瓜(きゅうりの大葉ロースト) 700円
刀切羊肉(皮付きヤギ肉の零細~ミントとレモンのソース) 1,200円
酸湯牛肉(牛肉のスープ) 1,500円
香辣魚(臭魚~季節の白身魚の香辣蒸し)2,300~3,500円 ※大きさによって価格が異なります
腊肉香干(スモーク豆腐と燻製豚肉の炒めもの) 900円
【燻製中華】香辣里炒飯(燻製豚バラの香辣里チャーハン) 900円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です
<参考文献>
『ハーブ中華・発酵中華・スパイス中華 中国少数民族料理』小山内耕也、中村秀行、水岡孝和/柴田書店
【あの賢人も『香辣里』に驚嘆】
森一起さんの連載「幸食のすゝめ」
あの『味坊』の新店が大人気!『香辣里(シャンラーリー)』で魅惑の湖南料理に酔いしれる【三軒茶屋】
湖南菜 香辣里
- 電話番号
- 050-5487-4576
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
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11:30~15:00
(L.O.14:30)
18:00~23:00
(L.O.22:00)
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(L.O.22:00)
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