幸食のすゝめ#090、薬缶とインカムには幸いが住む、登戸。
「中身(なかみ)と中氷(なかごおり)と、ポテトフライの小!」、テーブルに座った常連の男性からオーダーが入る。
即座に、店のお姉さんが右手に焼酎が入った小さな薬缶(やかん)、左手に氷で満たされたアイスペールを持って席に駆け付ける。
「あら、ポテト小さいのでいいの?」
「最近、少し炭水化物控えてるんですよ。ベルトの穴が2つ増えちゃって…」
「俺も」、連れの男性が相槌を打つ。
開店して間もない店は、もう客たちの熱気で一杯になっている。
お店レギュラーの焼酎の他に、ホッピーの「中」は100円増で「いいちこ」も選べる。
13種類も揃うサワー類も、100円増しで濃いめ、30円増しで「いいちこ」に変えられる。
ビールや日本酒のほか、マッコリも常備、ソフトドリンクも豊富だ。
ヤキトリハウスという謳い文句の通り、串焼きは、鶏から豚、野菜まで20種以上のバラエティ。しかも、そのすべてが120円でサーブされる。
名物メニューの串焼き、「自家製カリカリ厚揚げ」や「鶏皮ポン酢」のほか、刺身や様々な小鉢、本店の焼肉屋から運ばれる副菜まで驚異のメニュー数。
開店から閉店まで、客が引っ切りなしに訪れるのは必然の結果だろう。ここには、大手のチェーン店ではなかなか見つからない、優しさと誠意、そして人間らしさが溢れている。
昭和のまま時が止まってしまったような、どこか懐かしい店内のシチュエーション。
しかし、その中を所狭しと駆け回るお姉さんや、バイトの兄さんの耳には小さなインカムが付いている。
まるで、バブル期のファッションショーの楽屋みたいだ。
心和むシチュエーションと徹底したホスピタリティ
オーダーが即座に通ること、そして少しでも早く客席に運ばれること、客の一人ひとりに目配りができること。飲食店の基本であり、同時に到達点でもある大切なことの一つひとつが、ここではきちんと丁寧に守り抜かれている。
店のホスピタリティに感心しながら3杯目のレモンサワーを飲んでいると、バイトの男性から声が掛かる。
「小さいテーブル空きましたけど、移りますか?」。
1人客は通常カウンターの立ち飲み席に通されるが、しばらくすると入り口近くのテーブル席に通してくれる。
そして、その度にオーダーや伝票は端末から、中央のレジに集結され、帰りには即座にレシートが発行される。
ムードは昭和の優しさそのままに、サービスには近代化を徹底する。
それはきっと、居心地の佳い酒場を続けていくための意志のようなものだろう。
昭和の焼肉屋に併設された大衆酒場の理想形
JR南武線と小田急小田原線、2つの鉄道が交差する登戸の駅前。区画整理された、プレハブ然とした雑居ビルの裏に忽然と出現する古色蒼然(こしょくそうぜん)とした焼肉屋さん。その続きに建てられた大学祭の模擬店のような、海の家のような不思議な焼鳥屋。
「ヤキトリハウス」という文字が無ければ、隣りの焼肉屋の厨房とテイクアウトコーナーに見えなくもない。
しかし、勇気を出してドアを開ければ酒場のお手本のような魅惑的な時間が待ち受けている。
「山のあなたの空とおく、幸い住むと人の言う」、
『海潮音』だったろうか、いつのまにか上田敏訳のカール・ブッセの詩がほろ酔いの頭の中を駆け回っている。
南武線というレトロなJR線の向こう、生田緑地の入口に建つここは、店名の通り『平安郷』に違いない。
薬缶とインカムには、幸いが住んでいる。
【メニュー】
串焼き(鶏・豚・野菜すべて) 120円
自家製カリカリ厚揚げ 300円(1丁550円)
ポテトフライ大 350円(小250円)
鶏皮ポン酢 400円
キムチ 350円
オニオンスライス/茶豆/冷トマト 250円
おにぎり/焼おにぎり 150円
ナポリタン 400円
サワー類 320円
ホッピーセット 450円(中200円)
日本酒 300円~
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です
ヤキトリハウス 平安郷(へいあんきょう)
- 電話番号
- 044-922-5554
- 営業時間
- 月~水、金16:30~22:30、土日祝14:00~22:30
- 定休日
- 木曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。