土地の気候や地勢条件を存分に活かした、伝統あるイタリア郷土料理の魅力
長らく日本では、「イタリア料理」といえばピザやパスタといった固定したイメージが広く知られてきた。しかし、南北に細長く様々な地勢条件のあるイタリア本国では、バラエティに富んだ郷土料理の文化がそれぞれの土地で花開いている。
近年、東京でもイタリアの現地で修業したシェフたちが、郷土料理をそのままに再現する意欲的な店が多く誕生。さまざまな州の郷土料理に出逢う機会が増えたことで、注目度がより一層増している。
山の豊かな恵みを感じられる、本場のままのピエモンテ料理
イタリア北部に位置するピエモンテ州は、面積の多くが山岳地帯。州都はトリノだ。経済的に裕福なうえに緑と水にも恵まれ、その豊かな自然からの恵みを活かした生活が営まれている。加工品を除いて魚介類がほとんど手に入らず、オリーブの木も栽培が少ないためオリーブオイルは一般的ではない。酪農が盛んで、バターなどの乳製品が豊富。農業も広く営まれており、多くの種類の野菜を使ったバーニャカウダはピエモンテの郷土料理だ。黒ぶどうのネッビオーロを使った高級ワイン「バローロ」や「バルバレスコ」の産地としても有名で、秋からは特産の白トリュフ、冬にはジビエとともに楽しまれる。
『Tanta Roba(タンタローバ)』は1999年にオープン、シェフを務める林祐司さん(写真上)は2010年に就任した。ピエモンテ州でもワインの生産が盛んなAsti(アスティ)で修業をした林シェフが現地そのままの料理を出す、ピエモンテ料理専門店だ。
「学校を卒業して3年ほど、大阪のイタリアンレストランで働いていました。でも、本場を知らずにイタリア料理を作っているのに疑問を持ち、イタリアへ渡ることを決意。たまたま紹介していただいた働き先が、ピエモンテ州のお店だったのです」と林シェフは話す。
現地の料理は、彼を大きく驚かせた。まず、茶色い料理ばかりで華美ではないが、その味わいに華がある。食材の味がしっかり出ていて、何を食べているかがすぐにわかる。さらに地産地消は当たり前、魚介は手に入らないなか、この地で育った食材を丁寧に扱っている。「これが郷土料理なんだ」と、衝撃を受けたそうだ。
帰国後、縁あって『タンタローバ』に入店した林シェフ。スタッフにもイタリア現地の魅力を味わってほしいと感じ、毎年社員をイタリアに連れて行っている。「スタッフを連れていくことで、彼らのお客様に対する説明が格段に変わりました。本場ではどうなのか、皆、自分の言葉で説明しています」と林シェフは話す。
旅行ではワイナリーも巡り、帰国後に訪問先の醸造家を招聘してイベントを行うことも多い。店の壁や天井には『タンタローバ』を訪れた醸造家たちのサインが書かれている。
料理
イタリア北西部・ピエモンテ料理
特徴
ピエモンテ料理には、兎(ウサギ)やロバといった特有の食材も多い。可能な限り現地の味に近づけるため、日本で手に入りづらい食材は、現地の知人に送ってもらっている。これも、毎年ピエモンテを訪れパイプを強くしている『タンタローバ』ならではの強みだろう。白トリュフも、良質なものをトリュフハンターの知人から入手しているそうだ。
「日本には、自分のフィルターを通して郷土料理を日本流にアレンジされる料理人の方も多いですが、当店ではそれはしません。ピエモンテ料理を食べに来ていただくのですから、その真骨頂を味わってほしいと感じています」と林シェフ。
では、ピエモンテ料理とはどんなものなのか? 一品ずつ見ていこう。
絶品の手打ちパスタと豪快な肉! ワインが進む、ピエモンテの味
▲アニョロッティ・デル・プリン
ピエモンテの定番パスタ。林シェフのスペシャリテでもある。小麦に卵を混ぜて作った厚手の生地に詰め物をして調理する、ラビオリのような料理。中にはマッシュしたジャガイモ、タレッジオチーズが入っており、ピエモンテのバターで作ったセージバターのソースでシンプルにいただく。具は、他の料理で余った食材を活用して詰める。今回はポレンタ作りで余ったマッシュしたジャガイモだ。
「プリン」とはピエモンテ州の方言で、つまむという意味。平たく伸ばした生地に具材を置き、くるくると巻いた後、一つひとつをつまんで成形していく。
もちっとしたパスタの中に、ほっこりとしたジャガイモ。優しい味わいに、チーズの塩気が適度に効いている。ピエモンテ料理は塩こしょうで味のアクセントを出すことはあまりせず、味わいを全体に広げるのも特徴だ。
▲“タヤリン”コリッリョのラグーソース
こちらもシェフお得意の一品。
「タヤリン」とは、卵の卵黄のみを贅沢に練りこんだ手打ち生地を細長くカットし、半乾燥させたパスタ。この製法により独特な歯切れよさがでるのが特徴だ。「コリッリョ=食用ウサギ肉」を茹でて身をほぐし、ツナのような形状に。ソースは肉の骨から出たスープと香味野菜を煮込み、ハーブを効かせる。コリッリョは野ウサギ(レーブレ)とは異なり、鶏肉のようにやわらかく、癖が全くない。
野菜のうまみを十分に吸った肉が麺に絡みつき、全体が見事に調和した味わいだ。軽快な食感でスルスルと食べ進められる。
▲スティンコ・ディ・アニェロ
テーブルに供した瞬間、思わず歓声があがるこの一皿は、仔羊のスネ肉の煮込みだ。300g程度の骨つき肉を一度に7本から10本仕込む。1時間半ほど煮ては休ませ、また煮ては休ませ、やわらかくなったところを香味野菜とビネガーとマルサラ酒で作ったソースの中に漬け込んで完成する。大量の肉を一度に煮込むからこそ、奥行きのある味わいが出る。
昭和の漫画に出てきたような、分厚い骨つき肉。それがナイフを入れるとほろほろと優しく崩れる。口に入れるとやわらかで、とろけるようだ。ラムの臭みは香味野菜で適度に抑えられ、とても食べやすい。
▲パンナコッタ
デザートのパンナコッタは、ピエモンテの代表的なデザート。ゼラチンを使って冷やし固め、パッションフルーツのソースとブルーベリーをまとって夏仕様に。ふるふると軽やかな食感に、甘酸っぱいソースが爽やかだ。
対して秋冬仕様は「パンナコッタ・クラシカ」。元祖パンナコッタは、クリームに卵白を加えてオーブンで焼き固めキャラメルをかけたもの。ゼラチン使用のパンナコッタを想像して注文すると、その違いにびっくりするほど別物だ。
合わせるソースを変えること、またパンナコッタ自体の作り方を変え、味わいの重さを調節することで、季節感を感じられる一品にしている。
ワインの品揃えは豊富で、ピエモンテ産以外にもイタリアの様々な地方のものを入れている。この日のグラスワインは赤白どちらもシチリア産。日替わりグラスワインもあるため、料理に合うものをスタッフに選んでもらいたい。
リラックスできる落ち着いた店内に、窓際を彩る桜並木
20年ものあいだ多くのお客を迎えてきた店内は、気の張らない食堂風のインテリア。イタリアの片田舎のトラットリアに迷い込んだかのような、ほっとする雰囲気だ。
店の前は、茗荷谷で有名な達磨坂の桜並木。満開の桜や新緑を眺めながらワインを飲むには、正面のテラス席がおすすめ。
メニューはアラカルトのほか、シェフが季節の料理を組み立ててくれるディナーコース(5,500円)も用意している。
オリーブオイルを使わず、ニンニクもあまり効かせない。食材と季節感を大切に、持ち味を存分に引き出すのがピエモンテ料理であり、『タンタローバ』の料理だ。
野菜や乳製品からもたらされるやわらかな味わいは、ヨーロッパの山岳地帯の料理に共通する要素のように感じられる。
客層は40~60代の夫婦や友人同士が主で、週末は家族連れも多いという。また、イタリア料理店で腕を振るう料理人の来店もちらほら。トマト、オリーブオイル、唐辛子といったいわゆる南イタリア料理ではない、「北イタリアの郷土料理」を食べに、訪れるのだ。
20年前も10年前も、昨日も今日も、そしてきっと明日も。『タンタローバ』は、ピエモンテ料理に魅せられた大人たちで賑わい続けることだろう。
▲林祐司シェフ プロフィール
兵庫出身。サッカーをしていた影響でイタリアとイタリア料理に興味を持ち、やがて料理人を目指すことに。大阪のリストランテで3年修業後、イタリアへ渡る。帰国便が大阪ではなく成田便であったのをきっかけに、東京での勤務を開始。2010年より『タンタローバ』シェフ就任。
編集協力:Yayoi Shinya
【メニュー】
ランチ 1,000円~
シェフのおまかせコース 5,500円~
シェフの気まぐれサラダ 1,600円
天然真鯛のカルパッチョ 1,600円
イタリア産ハムの盛り合わせ 2,000円
パスタ各種 1,800円~
和牛ほほ肉の赤ワイン煮込み 2,800円
スティンコ・ディ・アニェロ 3,000円
和牛のタリアータ 3,000円
パンナコッタ 650円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です
Tanta Roba(タンタローバ)
- 電話番号
- 03-3815-1122
- 営業時間
- 月~金 11:30~15:00(L.O.14:00)、18:00~23:00(L.O.21:00) 土日祝 11:30~15:30(L.O.14:30)、18:00~23:00(L.O.21:00)
- 定休日
- 水曜
- 公式サイト
- http://www.tantaroba.jp/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。