フランス・ジュラ地方の郷土料理が味わえる、貴重な一軒『Ma Poule(マプール)』
東京大学の最寄駅、東京メトロ南北線「東大前」駅から徒歩約3分、ゆるやかなカーブの通りに現れるのは、鮮やかな黄色が目を引く外観。2017年にオープンした『Ma Poule(マプール)』が建つここは、まるでフランス片田舎の街角のよう。
真四角の店内(写真上)は、余計な飾りのない家庭的な設えで、初来店でもふっと肩の力が抜ける。
迎えてくれるのは、オーナーシェフ・市岡徹也さんと、マダムソムリエのゆう子さん(写真上)。着席したらシェフとマダムにどっぷりと委ね、これから始まるおいしい時間、ジュラ地方の料理とワインを存分に楽しもう。
「ジュラ地方」とは? どんな魅力があるの?
ジュラ地方といえば、「黄色ワイン」を思い浮かべるワイン好きもいるが、“ジュラ料理”に関しては、日本での認知度はあまり高くない。そんな中、『Ma Poule』は、ジュラの料理とワインをまるごと味わえる、日本唯一のレストランといえよう。
ジュラは、ブルゴーニュの東側からスイスとの国境ジュラ山脈の間に広がる、自然豊かな地方。太古の地層がみられ、他にはない地質・エネルギーを含んだ土地が広がるという。また、「ジュラ紀」の地層・泥灰土壌は水を含むと硬く冷たくなるので植物が根を張るのが難しく、強い生命力が求められるとの事実も興味深い。
「水質が良く、土壌が肥えています。乳製品ではモンドールやコンテといったチーズ、淡水魚、種類豊富なキノコ、ハーブなど山の幸がたくさん。食材と、ここに暮らす穏やかな人々にも魅了されました」(市岡シェフ)。
そんな市岡シェフが、ジュラへの想いを込めて腕をふるい、ジュラの食文化に貢献しているのだ。
おすすめは、ジュラ地方の郷土料理を堪能できる「ジュラ・コース」
一番人気の「ジュラ・コース」は、
・アミューズ
・季節の前菜1品目
・季節の前菜2品目
・メイン
・タルティーヌ デュ ジュラ(ジュラ地方の温かいチーズ料理)
・デザート
・プティフール
の7品で構成。(ジュラ・コースのみ、3日前までの予約必須)
その中からいくつかピックアップして紹介していこう。
ジュラ地方の夏の風物詩「エクスビス(ザリガニ)」は、天然ものを阿寒湖から直送
海がないジュラ地方の大切なタンパク源は、淡水魚。中でもエクルビス(ザリガニ)は、ジュラに夏の訪れを告げる風物詩だ。『Ma Poule』でも、天然のザリガニで貴重なひと皿を作り、季節の前菜の1品目に登場させる。
▲「北海道阿寒湖の天然エクルビス フォアグラと鶏レバーのガトー仕立て エストラゴンの香り」
濃い緑色のホウレン草のソテーに、鶏レバーとフォアグラのガトー、エクルビス(ザリガニ)の剥き身を盛り、頭を添えた一品。「前菜」というより、のっけからメインが登場したかのよう。
ザリガニから取っただしとブラウンマッシュルームを使ったスープのようなソースが、目の前でなみなみと注がれる。添えられたハーブは、エストラゴン。
「個性ある香りで甲殻類と合わせることが多いハーブです」(市岡シェフ)と聞いて、なるほど! ザリガニの濃厚な風味とエストラゴンのさわやかさの調和の妙に、唸る。
ザリガニは、北海道・阿寒湖で短い夏の間だけ獲れる「ウチダザリガニ」。3日前までに予約必須なのは、鮮度の高い食材を仕入れるためだ。
すべてが「キュイジーヌ ロン(丸い料理)」。個性的なパーツの組み合わせが不思議と調和
同店の屋上で育てられたオレガノをあしらって仕上げているのは、季節の前菜2品目である天然鯉のムニエル(写真下)。鯉もザリガニ同様、北海道・阿寒湖産で、内臓とエラを処理した鮮度の高いものが届く。
▲天然鯉のムニエル 赤ワインソース ベトラブのサラダ オレガノの香り
ベトラブとは、ビーツのこと。ホイルで包み丸ごと3時間ローストし、ビーツならではのややアクのある大地の味を封じ込めている。輪切りとスライス、2種のビーツで食感にも変化を。
ビーツの上に添えるのは、フランボワーズビネガーでマリネした赤タマネギ。赤色のグラデーションが実に美しい。
真紅色のソースは、柔らかな酸味と甘みのまったりした味わい。鯉の骨、野菜、ポルト酒、ビーツのエキスなど幾重にも合わせて生まれる、赤ワインとフランボワーズビネガーがベースのソースだ。レースのような飾りは、ジャガイモのピューレ。
ビーツ、鯉、鯉の下の紫キャベツ、赤タマネギなど、個性豊かなパーツを自由に合わせながら口に運ぶと、一つひとつの食材が突出して印象に残るのではなく、すべてがまとまって一体になっているような……。
「一つのお皿の上に、主役がないのが僕の料理なんです」(市岡シェフ)。
お皿に散りばめたすべてを食べた時、はじめて一つの料理になるという考え方「キュイジーヌ ロン(丸い料理)」が、市岡シェフのベース。フレンチの巨匠、ドミニク・コルビ氏に学んだ料理だ。
メインには、ジュラ地方の郷土料理が登場!
キッチンに用意されたみずみずしいハーブを前に、リズミカルに調理する市岡シェフがいよいよメインに取り掛かる。
▲伊達鶏とモリーユ茸のヴァンジョーヌソース スパイスを効かせたリゾットを添えて
ジュラ地方の郷土料理であり、市岡シェフが働いていたジュラのレストラン『ジャンポール・ジュネ』の定番だったメニュー。この料理を受け継ぐ料理人は他になく、現在、味わえるのは世界でただ唯一『Ma Poule』だけ。
合わせるワインは「Arbois Savagnin BIO(アルボワ サヴァニャン ビオ)」。
ジュラ地方固有種のブドウ「サヴァニャン」100%で作られた、ジュラ独自のワインだ。
「実はこれ、『プチ・ヴァン・ジョーヌ』と呼ばれる、ヴァン・ジョーヌの赤ちゃんなんです」と、ゆう子さん。
合わせるワインは、ジュラ地方の特産「ヴァン・ジョーヌ」の赤ちゃん?
「ヴァン・ジョーヌ」とは、“黄色ワイン”とも呼ばれる、フランス・ジュラ地方独特のワイン。大きな特徴としては、「サヴァニャン」を原料とすることと、熟成にかける時間が非常に長いこと。その期間、なんと6年3カ月。
樽の中で6年3カ月間じっくりと熟成させたものだけが、初めて「ヴァン・ジョーヌ」を名乗ることができるのだ。
やわらかな酸味と深みが複雑に絡まる味わいが魅力だが、食中に飲むにはやや香りが強すぎる。そのため、料理に合わせる際は、2年6カ月酸化熟成のサヴァニャンを勧めているのだ。
「酸化熟成の期間が半分くらいなので、いわば“ヴァン・ジョーヌの赤ちゃん”みたいなもの。生産者の皆さんも、親しみを込めて『プチ・ヴァン・ジョーヌ』『べべ(仏語で赤ちゃん)・ド・ヴァンジョーヌ』と呼んでいるんですよ。そんなエピソードを聞くと、なんだか可愛らしく思えてきますよね」と、ゆう子さん。
鶏肉にかけるソースにも、黄色ワイン「ヴァン・ジョーヌ」を使用
クリーミーなソースをゆっくりたっぷり注ぎ、テーブルの上でスペシャリテが完成。ソースにも「ヴァン・ジョーヌ」をふんだんに使っているので香りと酸味が立ち、見た目は濃厚だが、思いのほか軽やか。
伊達鶏は、ムネ肉のムースを同モモ肉で巻いて、スチームコンベクションオーブンに入れて火入れ。そこで気になるのは、あえて伊達鶏を選んだ理由。
「伊達鶏は、フランスのブレス鶏の飼育方法を手本にして生まれた銘柄なんです。鶏肉自体の主張が強すぎないため、ソースが主役のこの料理にもよく合います。“ソースに寄り添う”肉質なんです」と、市岡シェフ。
ブレス鶏は、リヨン・ブレス地方で育つフランス料理にとって大切な食材だ。
リゾットは、黒米と赤米入り。ひと口含んで広がる香りに驚く。ターメリックやクミンなど、カレーを思わせるスパイスが効いているのだ。
そこへ、ワインをひと口。スパイス香を、シェリー酒にも似た酸味とオリエンタルな風味が追いかけて、思わずうっとり目を閉じてしまう。
620mlの「クラヴラン」と呼ばれるボトル入ったヴァン・ジョーヌ。『Ma Poule』には、ゆう子さんが惚れこむ、ジュラを代表する造り手の名ワインが揃う。
現地のように食後酒のような位置づけで、チーズと共に味わいながら、独自の製法などジュラワインの魅力について、ソムリエのゆう子さんに教えてもらおう。
パティシエ経験のあるシェフがつくる、季節感たっぷりのパフェ
パティシエとして働いていた経験もある市岡シェフは、デザートのアイデアが次々と浮かぶという。
▲この日のデザートは「アプリコットのパフェ」
なめらかな曲線ボディのグラスに、アプリコットソース、香り豊かなチョコレートのビスキュイ・サヴォワ、「ヴァン・ジョーヌ」風味のアイスクリームとムースが重なり、目にも麗しい層ができ上がる。
料理同様、デザートにもソースを用意。
カスタードのように見えるのは、卵黄と砂糖を泡立てたところに酒精強化ワインの一種「マクヴァン・デュ・ジュラ」を加えて泡立てたサバイヨンソース。こんもりとのせて、アーモンドの焼き菓子をスプーンがわりに混ぜながら口へ。
食感、味わい、さらに温度まで、目には見えないが、すべてが美しいグラデーション。
「足らなければどうぞ」と、サバイヨンソースの小鍋がテーブルに置かれた瞬間、思わず頰がゆるんでしまう。
“自分に足りないもの”を補うべく、鮮魚店やパティシエとしても研鑽を積む
貫禄を感じる市岡シェフの、料理人としてのプロフィールもまた興味深い。
調理師学校を卒業後、故郷・愛知県のフランス料理店で勤務。
上京するにあたり「どんな魚も捌けるようにならないと通用しない」と考え、鮮魚店で約3ヶ月みっちり修業。その後、フレンチの名門『トゥールダルジャン 東京』へ。
ここで出会ったドミニク・コルビ氏のもと、モダンフレンチとクラシックフレンチを学び、2000年に1度目の渡仏。リヨン、バスク、ブルターニュなどをめぐり地方料理に触れる。ジュラにはのべ2年間滞在し、ミシュラン二つ星のジャン・ポール・ジュネ氏と、ロミュアルド・ファスネ氏に従事した。
そして2003年に一時帰国。
「料理の経験は積めたが、スイーツの技術がまだ足りない」という想いから、銀座『le 6eme sens d'oenon(ル・シズィエム・サンス・ドゥ・オエノン レストラン)』(現在は閉店)のシェフ・パティシエとしてデザートを担当。
2008年、2度目の渡仏。
ブルゴーニュの『フランコジャポネ・MIYABI』のシェフとして、立ち上げから6年勤務。同店でソムリエをしていたのが、マダムのゆう子さんだ。
2014年に帰国してからは、ドミニク・コルビ氏に迎えられ、『フレンチ割烹ドミニク・コルビ』の、魚・肉部門シェフとして活躍。そして2017年、満を持しての独立だ。
そんな市岡シェフ、どことなくドミニク・コルビ氏に似ているような……
「昔からよく言われるんです。“ミニコルビ”って」と、笑うその顔もコルビ氏にそっくり。
「マプール」の命名理由も、あったかい
「Ma Pouleマプール」とは、「My Hen僕の雌鶏(めんどり)」を意味するが、なぜこの店名になったのだろうか?
「私たち2人が働いていたブルゴーニュのお店で、オーナーシェフがマダムのことを『マプール!』と呼んでいたのが印象的で。かわいいし、いい響きだなあと思って、独立するタイミングでいただいたんです」と、ゆう子さん。
フランスでは、「ハニー」や「子猫ちゃん」のように、恋人への愛称として「マプール」という言葉が使われるのだそう。
店内にも、かわいい鶏のオブジェがちりばめられているが、名付けた理由を聞いて、二人の仲睦まじさに一層温かい気持ちになる。
木・金の21時からは、ワインバー「ゆうこの部屋」が開店!
週に2回、木曜と金曜の21時からは、ソムリエ資格を持つゆう子さんが店主になるワインバー「ゆうこの部屋」がオープン。
「ワイン1杯から気軽に楽しめますし、ジュラ料理もご用意しています」(ゆう子さん)この時間になると、市岡シェフも別の顔。写真に映る、シェフの陽気なことといったら(笑)
撮影:岡崎慶嗣
【メニュー】
ジュラ・コース 6,200円
マ プール・コース 5,600円
プチコース 3,900円
食いしん坊コース 8,000円
▼ドリンク
ワインペアリング「ピコルー コース」 2.900円〜
スパークリングワイン 1,000円
キールロワイヤル 1,100円
グラスワイン(白・赤) 950円〜
ボトルワイン(泡・白・赤) 6,000円〜
※別途、チャージ料500円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です
Restaurant Ma Poule(マ プール)
- 電話番号
- 050-5486-9566
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
- 営業時間
- 日
ランチ 12:00~15:00
(L.O.13:00)
水~日
ディナー 18:00~22:00
(L.O.20:00)
- 定休日
- 月曜日・火曜日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。