イタリア国内に“イタリア料理”は存在しない!?
日本でもなじみ深いイタリア料理だが、じつはイタリア国内に“イタリア料理”という概念は存在しない。
それもそのはず、約150年前に統一されるまでのイタリアは、異なる文化と歴史を持つ小さな都市国家の集まりにすぎなかった。国土が南北に細長く、異なる気候がモザイク模様のように入り組んでいるため、それぞれの地方で特有の食材と、独自の調理法が発達。イタリア全土で食べられている代表的な“イタリア料理”というものが存在しないのは当然といえる。
近年、そうした実情が明らかになるにつれ、個別の州の郷土料理を提供するイタリア料理店が日本で急増。“イタリア郷土料理”ブームの様相を呈(てい)している。
だが、イタリアのどの州にどんな料理があるのか、自分の好みに合うのはどの州の料理なのかわからず、とまどいを感じている人も多いのではないだろうか。
そんな人にこそおすすめしたいのが、イタリアのさまざまな州の代表的な郷土料理が食べられるイタリアンレストラン『VILLA MAGNOLIA(ヴィッラ・マニョーリア)』だ。
一度にさまざまな州の郷土料理が味わえる、貴重な一軒!
『VILLA MAGNOLIA』は今から6年前、「イタリアのさまざまな郷土料理を知るキッカケを作りたい」という願いを持ったオーナーが吉祥寺にオープンした店。メニューにはさまざまな州の料理が約30種類あり、この店だけで自分好みのイタリア郷土料理のイメージがつかめること請け合いだ。
場所は、井の頭公園があるJR吉祥寺駅南口から徒歩2分。「マルイ」裏手の路地を入った一角にあるビルの2階が『VILLA MAGNOLIA』だ。
扉を開けると、まるで古い邸宅のような雰囲気!
築60年の倉庫だった建物をリノベーションした店内は天井が高く、古い邸宅のような趣きがある。昭和30年代の天井や梁をそのまま残しているため、オープンして6年目とは思えない、歴史と温かみを感じさせる落ち着いた空間だ。
大きなイタリア地図が描かれている壁の右手には、キッチンが見える小窓。オープンキッチンではないが、調理中のシェフの表情が見える。
『VILLA MAGNOLIA』ではイタリア全土の郷土料理を、季節によってエリアを一部変えつつ提供しているが、今回はイタリア北部料理を中心に紹介する。
料理
イタリア北部・中部料理
特徴
北部はアルプス山脈の麓(ふもと)に位置し、フランス、オーストリア、スイス、スロヴェニアと国境が接しているため、それらの国の影響を強く受けた料理が多い。粒度の細かい軟質小麦粉に卵を加えて練った手打ちパスタの種類が多いのも特徴。中部はさまざまな地形と気候が複雑に入り組んでいて、実に多彩な郷土料理がある。
伊藤孝司シェフは、イタリア全土を幅広く修業しつつ食べ歩いた経歴の持ち主。イタリア最南端の島・サルデーニャ島が最も長く、イタリア郷土料理に深い思い入れがあるという。
食感も味わいも、違いが歴然! まずは麺のおいしさが衝撃的な2品から
▲エミリア・ロマーニャ州の郷土料理「タリオリーニ~イタリア産カルチョーフィのソース~」
イタリア中部から北部にかけては、手打ちパスタに適した軟質の小麦がよくとれるため、乾燥パスタよりも手打ちの生パスタがよく食べられている。イタリア半島のちょうど付け根に位置するエミリア・ロマーニャ州にはとりわけ手打ちパスタが多く生まれ、“手打ちパスタの聖地”とも呼ばれているほど。
その中でも最も広く食べられているのが「タリオリーニ」。軟質小麦粉で作った卵入りの生地を、幅1~3mmに細長く切り分けた蕎麦状のパスタだ。
「カルチョーフィ」はアーティチョークのこと。日本ではあまり見かけないが、イタリアでは日常的によく食べられている野菜。
可食部はガクの根本と芯の部分だが、『VILLA MAGNOLIA』では柔らかく甘みの強い芯の部分を使用。軽くソテーして、茹でたてのタリオリーニに加えれば完成だ。
具のシンプルさに驚いたが、食べてみてさらに驚いたのは麺自体が持つリッチな味わい。卵黄のコクと小麦の甘みが強く、細麺ながら手打ちパスタ特有のモチモチ感がしっかり感じられる。中華麺のような縮れがあるので、ソースとの絡みも抜群。この麺のおいしさを最大に引き出すための、シンプルな具と味付けであることに気づかされる。
▲ウンブリア州の郷土料理「ウンブリチェッリ~マッシュルームのラグーソース~」
ウンブリア州はイタリア中南部では唯一、海に面していない小さな州。山間部が多く、ジビエやキノコを使ったシンプルな料理が多い。「ウンブリチェッリ」は、ウンブリア州でよく食べられているうどんのような手打ちパスタ。ソースは、ホワイトマッシュルームをミキサーで細かく刻み、4~5時間かけて弱火でひたすら炒め続けたもの。
ウンブリチェッリは軟質小麦粉、オリーブ油、塩を合わせて練り、半日寝かせた後、両手でこすりながら細長く伸ばし、約10cmに切り分ける。両手でこすりあわせることで太さがまちまちになり、これがソースをからみやすくすると同時にモチモチした歯ごたえを引き出す。
噛んだ瞬間の弾力は、まるで手打ちの讃岐うどん。非常に強い噛みごたえがあり、1本1本を噛みしめながら、小麦のうまみを口全体で味わって食べているような感覚。しかし、そのインパクトに負けないほどに濃厚なのが、マッシュルームのラグーソース。
「炒めるというより煮るような感覚の弱火で、4~5時間かけて“煮炒め”しているだけ」と伊藤シェフは語るが、口に入れた瞬間にマッシュルームの香りが爆発するよう。「一度頼むとリピートする人が多いですよ」(伊藤シェフ)というのも納得の味だ。
イタリア郷土料理なのに、混ぜご飯風のどこかなつかしい味わい
この2品で、イタリア北部共通の郷土料理である手打ちパスタのおいしさを堪能した思い。だが伊藤シェフによると、イタリア北部は米作も盛んであり、米料理もよく食べられているという。
イタリアの米料理というとリゾットが思い浮かぶが、スイスとの国境に位置する最北部のロンバルディア州南東部からヴェネト西部あたりでは、日本の炊飯法に近いおもしろい炊き方の米料理が広く食べられているとのこと。
▲ロンバルディア州の郷土料理「リーゾ・アッラ・ピロータ」(脱穀人のリゾット)
「イタリア料理は大きく、宮廷料理と家庭料理に分けられますが、この料理は働く人が作る家庭料理の代表格ですね」と伊藤シェフ。
「ピロータ」とは、米の精米業者のこと。通常、リゾットは鍋に付きっきりでかき混ぜ続けなくてはならないが、この米料理は忙しい精米業者が作業を中断せずに料理できるよう、放置しても完成する「茹で炊き」が生み出された。
具も、多忙な精米作業者でも簡単に調理できるよう、サルシッチャ(イタリア風ソーセージ)を刻んだだけというシンプルさ。炊きあがった米に炒めたサルシッチャを混ぜ、仕上げにパルミジャーノ・レッジャーノをたっぷりふりかければ完成だ。
「ちょっと懐かしい味がするかもしれませんよ」と伊藤シェフがいたずらっぽく笑う。
リゾットのようなねっとり感はなく、パラパラしたピラフのような食感。スプーンで口に入れると、その味わいはまさに、ちょっとスパイシーな“大人の混ぜご飯”! これは大人も子供も好きな味だろう。
“ロンバルディア州の郷土料理”と聞くと構えてしまうが、この料理でぐっと身近に感じられる人も多いはずだ。
スパイス使いや肉の“使用部位”が語る、その州の歴史
▲ヴェネト州の郷土料理「茹で魚のヴェネト風」
ヴェネト州は北部にあり、イタリア半島をひざ下の脚に見立てるとひざの裏側にあたる場所。アドリア海に面しているため、魚介を使った料理が豊富。伊藤シェフによるとイタリアの家庭料理では、魚は焼くより茹でることが多く、サバ、ウナギ、タイ、サーモンなども茹でて食べられることが多いとのこと。
この料理も白身魚を、塩とレモン、白ワイン入りのお湯でゆで、スパイス入りのヴェネト風ソースをかけただけ。かなりシンプルだ。
だが、アンチョビにシナモン、ナツメグ、グローブを加えたこのソースの味わいには誰もが唸るはず。エキゾティックで奥深く、ひと口食べると後をひいて止まらなくなる不思議なおいしさであり、淡白な白身の茹で魚の味を絶妙に引き立てる。
「ヴェネト州は海外貿易で栄えたヴェネチアが州都なので、古くから海外のシナモンやナツメグといったスパイスが入り、広く使われたんです」(伊藤シェフ)。
本場ではもっとスパイスをふんだんに使ったクセの強い味だそうだが、日本人に合うようにややマイルドに仕上げているとのこと。
▲ローマの郷土料理「コーダ・アッラ・ヴァチナーラ」(牛テールの煮込み)
イタリア中部にあるラツィオ州の州都・ローマの代表的な伝統料理は、牛テール(尾部分)の煮込み。
「イタリアでは、モモやフィレなどの肉部位はお金持ちが食べる宮廷料理に使われていました。そのため、家庭料理では肉以外の部位をおいしく食べる調理法が発達したんです。これはその代表的な料理ですね」(伊藤シェフ)。
牛骨から溶け出した力強いうまみに、セロリ、トマトなどの香味野菜の甘みが加わり、複雑で奥深い味わいに仕上がっている。牛テール肉はフォークを差し込んだだけでホロホロほぐれるくらいにやわらかく、トロトロの部分、肉の繊維を感じる部分など、一皿にさまざまな食感がある。繊維質なはずセロリも、じっくり煮込まれているのでくずれるほどに柔らかい。残ったソースにパスタを絡め、最後の一滴まで味わい尽くしたくなるおいしさだ。
夏は中部から南部の郷土料理を多めに、秋冬は北部の郷土料理を重点的に、など、季節によりメニューを変えており、ワインもその州の料理に合ったものを揃えている。
グラスワインは11種類から選べるが、お勧めは、4種類のワインを料理とペアリングしてくれる「ソムリエお任せコース」。1杯100mlの「フルコース」と、1杯60mlの「ハーフコース」がある。
▲入口近くには、ガラス張りのワイン蔵が
「毎日食べても飽きない、イタリアの“家ごはん”を提供したい」
イタリアのさまざまな州で料理修業をしながら食べ歩いたという伊藤シェフの説明はとてもわかりやすく、その州のイメージが明確に浮かび上がる。そして、そんなストーリ―とともに味わうおいしい郷土料理は、舌や頭、心にも染み込むような、なんとも有意義で贅沢な時間を提供してくれる。
「イタリア郷土料理といってもいろいろな方向性があると思いますが、僕は、イタリアの人たちが自宅で毎日食べている日常的な料理、よそゆきではない料理を、『こんな雰囲気の中で食べているんだよ』ということも含めて紹介していきたいと思っています。家で毎日作る料理だから基本的に難しいことはしないですが、やはりテーブルに置いた時に盛り上がって欲しいから、素朴でもかっこよく見える工夫はしていますね。意外と考えてるんです(笑)」(伊藤シェフ)
イタリア郷土料理に関する知識がない人でも、この店を訪れたら、自分の好みの郷土料理が必ず見つかるはず。そしてそこから、イタリア郷土料理への興味が一気に深まるだろう。
伊藤孝司シェフプロフィール
2002年に渡伊し、エミリア・ロマーニャ州やピエモンテ州などで修業を積んだ後、広島、東京のレストランのシェフを経て、『VILLA MAGNOLIA』シェフに。
【メニュー】
ウンブリチェッリ~マッシュルームのラグーソース~ 1,300円
タリオリーニ~イタリア産カルチョーフィのソース~ 1,600円
リーゾ・アッラ・ピロータ 1,500円
茹で魚のヴェネト風 900円
コーダ・アッラ・ヴァチナーラ2,600円
グラスワイン 800円~
ボトルワイン 3,900円~
ソムリエお任せコース(フル:100ml×4種類/3,550円、ハーフ:60ml×4種類/1,900円)
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です
ヴィッラ マニョーリア(VILLA MAGNOLIA)
- 電話番号
- 050-5488-1329
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
- 営業時間
- 月~金
ディナー 18:00~22:00
(L.O.21:00、ドリンクL.O.21:00)
土・日・祝
ディナー 17:30~22:00
(L.O.21:00、ドリンクL.O.21:00)
ランチ 11:30~15:00
(L.O.14:00)
- 定休日
- 月曜日・火曜日
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