普通がいちばん新しい!? 2020年の食トレンドは「王道中華+α」
梁宝璋(リョウ ホウショウ)さんの神田『味坊(あじぼう)』の爆発的ヒットあたりから、じわじわと火がついた中国料理ブーム。
梁さん自身が、黒竜江省(こくりゅうこうしょう)の国境の町、斉斉哈爾(チチハル:北はロシア、西はモンゴル自治区)出身のため、多用されるラム肉やパクチー、鮮烈な辛み。そこに自然派ワインの伝道師だった(故)勝山晋作氏が持込んだワインが加わり、神田は中国料理のメッカとなった。
日本人のためにアレンジされた中華料理ではなく、本国で食べられている中国料理が食べられる。2013年当時、現在は古巣の松陰神社に戻った『五指山』も近くに存在したため、神田は瞬く間に食の最前線に立った。
“日本人のためのアレンジ”をしない中国料理店が続々登場
その後、梁さんは2018年、三軒茶屋に新しく湖南料理の店『香辣里(シャンラーリー)』をオープン。またしても、辺境に向かう中国料理界の先鞭を付けた。
その後は、雲南、台南、湖南の3つの南の料理をベースにした四谷荒木町の超人気店『南三(みなみ)』。神奈川の藤沢にありながら、多くの客たちを惹き付ける『中国旬菜 茶馬燕(チャーマーエン)』、白金の『蓮香(レンシャン)』など続々と人気店が生まれていく。
マニアック中華が流行する中、ひっそりとオープンしたのが『サエキ飯店』
『茶馬燕』は中国西南部、タイの山間部やラオスを周遊した記憶の中から生まれたレシピ。同じく、中国少数民族の家庭料理や田舎料理を大胆に取入れた、新創作中華の白眉とも言える『蓮香』。
2019年の春あたり、東京はマニアック中華ブームの真っただ中にあった。
そんな中、ひっそりと目黒と恵比寿の中間に開店したのが『サエキ飯店』だ。「サエキ」というカタカナの軽やかさと、「飯店」というクラシックな響きの融合。すでにただ者ではない風格が備わっている。
ワーホリで本場・広東料理を学んだ後、世界の食を巡る放浪旅へ
『サエキ飯店』の若き店主は、1985年生まれの佐伯悠太郎さん。
『福臨門酒家大阪店』、『聘珍樓新宿三井ビル店』などで腕を磨いた後に、29歳でワーキングホリデー制度を利用して、広東料理の技と味が集結する香港へ。帰国後は外苑前『楽記』で料理長を務める。勝山晋作氏の店だ。
その後、再び食を巡る世界放浪の旅へ。時には南米のアルゼンチン、時にはヨーロッパとアジアの交差点であるジョージア(旧グルジア)などを訪れる。
その旅の途中で、『サエキ飯店』の骨格の1つになっているジョージアワインと出合っている。
未知なる魅力に満ちた、軽やかでクラシックな料理
『サエキ飯店』のネーミングに伺われる通り、軽さとクラシック、その両方を縦横無尽に行き来するバランス感覚こそが、彼の真骨頂だ。まずは、定番の「揚げ大根餅」(写真下)を食べてほしい。
かじると甘い、まるで大根のポタージュのようなトロトロの揚げ大根餅。しかし、一転して外はカリカリとクリスピー、その食感のコントラストは、今まで食べてきた大根餅とは別次元、未知の料理だ。
広東料理の「脆漿(チョイチョン)」の衣で仕上げられる大根餅には、緑ナスや空豆など国産の季節野菜が添えられ、その風味が大根の甘さを一層際立てる。
世界放浪旅で惚れ込んだ、ジョージアワインも欠かせないエッセンス
合わせるのは、食を巡る旅の途中で出合ったジョージアのワイン。
カスピ海と黒海に挟まれた南コーカサス地方にある美しい小国ジョージアは、紀元前6000年に遡る世界最古のワイン醸造の起原を持つ。
素焼きの壷を土中に埋め、固有のブドウ品種と野生酵母により発酵熟成させる独自の醸造法「クヴェヴリ製法」は、2013年にユネスコ世界文化遺産にも登録された。
究極の自然派ワインとも言えるその味わいは、お茶や出汁を連想させ、大根餅の味わいと比類なきハーモニーを奏でる。
「酔っぱらい鶏」よりも端麗で滋味深い「鶏の紹興酒煮」(写真上)は、鶏肉のしっとり感と砂肝のコリコリ感のコントラストが心憎い。
「豚足と豚耳の煮こごり」(写真上)は、まるでフレンチのように美しく、ワインの杯が進む。
広東料理の真骨頂である「土鍋煮込み」は、落花生油で揚げた素材を、揚げニンニクや塩漬け豚バラ肉、「柱候醤(チューホージャン・味噌ベースの調味料)」などでしっかりと煮詰めた唯一無二の逸品。ハタやスッポンなど、季節の食材で仕立てられ、箸が止まらない。
貝の旨味が鮮烈なツブガイの麻辣仕立て(写真上)も、土鍋で煮込まれる。香ばしさが移ったソースが惜しければ、ジャスミンライスも用意されている。
イメージは、「香港の厨房で出てくるまかない料理」
シンプルなイカの炒め物や春雨を使った料理も、奇をてらうところが一切なく、限りなく普通に見えて、一つひとつがしっかりとおいしさに溢れている。
彼自身によると、何々料理とわざわざ主張していないが、中国各地の色々な料理の要素が混ざり合って独自のジャンルを生み出した香港の料理に近いとのこと。しかも、「香港の厨房で出てくるまかない料理」というイメージらしい。
いずれにしても、余計な塩分や油分が感じられず、素材本来の特質を活かした身体に優しく、いくらでも食べられる料理だ。
土鍋煮込みの最後にジャスミンライスを投入した客たちも、結局、最後には細い香港麺に黄ニラだけをのせた上湯(シャンタン)か、白湯(パイタン)のシンプルなソバか、パラパラの「ハムユイ炒飯」(写真上)で〆る。
その間にどんどん空いていく「フェザンツティアーズ」、「アワーワイン」、「イアゴ」などのジョージアワインのボトルたち…。
中国料理ブームは、マニアックからクラシックへ
開店からまもなく、予約困難店になった『サエキ飯店』。王道中華にジョージアワインという鉄壁のコンビは、今年も食のトレンドの最前線を走り続けるはずだ。
マニアックからクラシックへ、辺境から王道へ。王道中華+αの勢いは止まることを知らない。
サエキ飯店
- 電話番号
- 03-6303-4735
- 営業時間
- 18:00~24:00
- 定休日
- 不定休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。