銀座の雑居ビルにオープンした小さなレストランのワクワクが止まらない!
東京・銀座5丁目のバーや飲食店がひしめく雑居ビルの6階に、以前イノベーティブ料理で数多の食通を驚愕させた予約の取れない名店「盡」があった。そこをリノベーションし、2019年12月にオープンしたのが『ル・シーニュ』である。
うっかりすると通り過ぎてしまう間口の狭いエントランス、エレベーターで目指すフロアに降りても平凡な通路に小さなバーがあるだけ。本当にここに名店があるのだろうか? と進んで行くと突然現れるモダンな佇まい。これには否が応でも高揚してしまうではないか。
店はカウンターの9席のみ。ワクワクするすべてのことは地球にあるのだとインテリアはアースカラーで統一している。大地の色や木の温もりは、初めて訪れたとしても非常に寛げる。
ショープレートの上に置かれているメニューを開くと右側には「ミニヨンズ現る」「不屈の塊」などなど、なにやら難解な料理名が書いてある。
そして左側にはペアリングするワインが記載されており、見るとワイン通にとって垂涎の銘柄ばかり。メニューに料理とワインが並ぶということはペアリングをすすめているのだろう。この洒落た演出に始まる前からワクワクが止まらない。
驚きの後においしいがある! 巨匠の伝統とエスプリを継承した料理
シェフの上野宗士さんは辻調理師専門学校フランス校を卒業後、南青山『ラマージュ』で修業し、2002年に渡仏。パリの五つ星『オテル・ド・クリヨン』でジャン・フランソワ・ピエージュに指事。2007年に帰国し『ベージュ アラン・デュカス東京』の副総料理長に就任し、アラン・デュカス氏から絶大なる信頼を受け、『ル・コントワール・ブノワ大阪』の総料理長として腕を振るってきた実力派だ。
そんな上野シェフはどんな驚きを提案してくれるのだろう。
まずは「北の国から」(写真下)という名の料理……。
絶品!とはこの料理のためにある言葉ではないだろうか。北海道産の白貝はプリッと弾け、ブロッコリーのピュレが混ざり合ったヴェルモットソースはクリーミーなスープのよう。爽やかな酸味はレモンをたっぷり効かせたもの。中から覗くブロッコリーの食感、そしてナスタチウム(キンレンカ)のピリッとした辛さが良いアクセントになった、目にも鮮やかな皿だ。
合わせたワインは「Château Smith Haut Lafitte Blanc 2006」。熟度の高いソーヴィニヨン・ブランならではのオイリーなニュアンスがあり、樽からくるほのかな苦みが白貝やヴェルモットソース、ナスタチウムの葉と見事に調和する。
なんと美しい皿なのだろう。メニュー名は「とっても煙たい」(写真上)。はじめに置かれたのは白い皿。ソースをかけると黒と白の世界になる。主役のクエは他の魚と比べて独特の芳香がある。その個性を強みに変えたのがクエから取った出汁で作った潮汁に燻製オイルを合わせたソースの“燻香”だ。
それだけではない、秋田の郷土料理「いぶりがっこ」をモチーフにした、カブ、ラディッシュ、おかひじき、ベーコンの香りが複雑妙味にクエを取り巻き、より一層華やかに身も脂も楽しませてくれる。
メニュー自体がストーリーになっているから面白い!
メインの蝦夷鹿のロースト(写真上)は「ユクコロカムイにカムイノミ」という呪文のような料理名。昔、蝦夷はあまりに寒さに鹿が絶滅状態に陥ったため食糧難で命を落としていったというエピソードから想起したアイヌの人々の鹿を司る神様に感謝という祈りの言葉である。
しっとりとローストした北海道・根室産の蝦夷鹿ロースはミニマムな味付けだけで十分うまみを感じられる。根セロリのピューレとトランペット茸、低温で乾燥させた菊芋のチップスを添えている。
ソースは鹿の骨を焼き香味野菜と一緒にとった鹿のフォンに赤ワイン、ビネガーなどで味をつけた伝統的な“ソース・ポワヴラード”。手間暇をかけ、黒胡椒をアクセントにしたスパイシーなソースは鹿の野性味との相性が素晴らしい。
さらにペアリングのワイン「Clos de Vougeot Grand Cru 2013(Benjamin Leroux)」のエレガントでピュアな黒果実味が野趣あふれる蝦夷鹿や黒胡椒のソースの味わいをも高めている。ワインを飲む、そして鹿をひと口、するとまたワインが飲みたくなり口に含むと、「おいしい」としみじみ思う。完璧なるペアリングだ。
かのエスコフィエの恋の話に由来する「彼女は明治2年生まれでした」(写真上)と名付けられたデザートは、洋梨のコンポートの上にアーモンド風味のサブレ、洋梨のムースグラッセ、洋梨のアイスクリームをのせ、最後にチョコレートディスクで蓋をする。
そして温かいチョコレートソースを注ぐ甘く爽やかなスイーツ。新潟・佐渡の洋梨「ルレクチェ」だけしか使わないというこだわりのデザートである。
コースの終わりを告げるミニャルディーズ(食後のお菓子)は、ミカン、レモン、リンゴのコンポートをホワイトチョコレートでコーティングし、それぞれの色をつけ、タルトの上に鎮座させている。名前は「千疋屋っぽい」(写真上)。
実はメニュー自体がひとつのストーリーになっているそうだ。「今、銀座を散歩するという体でメニューを作っている最中なんです。前菜の『322.4メートル上昇』はこの店のことで、ここから出てあちこちを回り最後に『千疋屋っぽい』で、銀座に戻ってくるという流れです。もしかしたらそのうち地方や海外まで行ってしまうかもしれません」と上野シェフ。料理が提供されるごとに、料理名の謎が解かれることがこんなにもワクワクするとは!
最強のペアリングと言われる訳とは?
前述のとおり、上野シェフ(写真上)は巨匠アラン・デュカスの薫陶を受けた名シェフ。『ベージュ アラン・デュカス東京』の副総料理長に就任した頃、シェフの料理に惚れ込み、180回も通ったというソムリエの有馬純平さんと出逢う。『ル・コントワール・ブノワ大阪』の総料理長として赴任しても、旧軽井沢ホテルのエグゼクティブシェフに迎えられてもシェフの店に通い続けた有馬さんの「いつか一緒に店をオープンさせたい」という夢を、この度叶えることができた。
シェフの味を知り尽くし、惚れ込んでいる有馬さんだからこそ、合わせるワインがこれだけ素晴らしいのだと理解できる。
「ワインはあまりにも有名で老舗のワイナリーではなく、自分たちと同世代で伝統を踏襲しながらも挑戦している、未完であっても未来へ向かって前進しているワインを中心に選んでいます。シェフの料理と同じ方向性なのです」と有馬さん。
上野シェフの料理に寄り添い、高みへと昇華させる有馬さんの選ぶワインがこの店の醍醐味でもあるのだ。
「地球上には素晴らしい食材があり、その食材を作る生産者がいて、料理人がいて、サービスマンがいて、食べる人がいる。そのすべてがこの店で交差する、そんなワクワクが止まらない店でありたい」と上野シェフは語る。
フランス料理界の巨匠アラン・デュカス氏の伝統とエスプリを継承した料理に、上質で洗練された“銀座のワクワク感”がミックスされた上野シェフの世界は、食通たちを虜にさせる魔力が間違いなくある。
『ル・シーニュ』というフランス語で“予感”を意味する名の通り、銀座の名店となるであろう兆しがする店の誕生を目の当たりにした。
【メニュー】
ディナーコース 24,000円
ワインペアリング 10,000円/15,000円/20,000円〜
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税抜です
撮影:岡崎慶嗣
Le Signe(ル・シーニュ)
- 電話番号
- 050-3491-0854
- 営業時間
- 18:00~23:00(L.O.20:00)
- 定休日
- 毎週日曜日 ※※他不定休日あり
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。