その年の、その時期だけしか出逢えない「限定おそば」
その年の、その時期だけしか食べられない一皿があると聞けば、食べずにはいられないのが人情というもの。JR東日本青海線・東中神駅近くにある東京・昭島市の『季節の料理と手打ちそば ふく花』の「限定おそば」は、フレンチ出身の店主による期間限定の創作そば。「その年の、その時期以外は同じレシピを二度と提供しない」というこだわりが生み出す幻のそばだ。
香り高い「品川カブ」を取り入れた和えそば(限定おそば)は、しばしば江戸東京野菜の晴れ舞台となる。
江戸東京野菜とは何か。グルメなら、その価値を知り、味わっておくことをぜひおすすめしたい。
江戸東京野菜とは、江戸時代以降から、東京やその周辺で作られていた伝統野菜で、例えば、「練馬大根」や新宿の「内藤とうがらし」などがある。
古来より受け継がれてきた伝統野菜には、普段私たちが食する野菜とは一味違った、野菜本来の味わいが感じられる。一方、収量性が低かったり、実が繊細だったりと現代の流通に馴染まないなどの理由で、生産者が激減しているものも多い。
次の世代に伝えたいという想いから、伝統野菜の魅力を昇華させ、食べさせてくれるのが『ふく花』。こちらで供される逸品は、生産者との信頼関係の賜物でもある。
「お帰りなさい」がコンセプトのお蕎麦屋さん
シックだが、どこか温かみのある店内。満席でも不思議と穏やかな雰囲気で、ゆっくりと時間が流れる。「体調が悪い時でも、ここに行けば元気になるものが食べられる」という体と心に優しいお店作りを心掛けている。
『ふく花』は夫婦で切り盛りしており、店主の福島宏一郎さんが板場を担当、妻の多佳子さんがそばを店内で手打ちする。
お客との会話の傍ら、料理に向き合う姿は真剣そのもの。調理に一切の妥協がなく、扱う食材は、一つひとつに想いと物語が込められている。こだわりの品々がお手頃な価格で楽しめるのもうれしい。
この日に賞味できた「限定おそば」は「品川カブの和えそば」(写真上)。塩かえしと東京産の牛乳、そして江戸東京野菜の「品川カブ」で仕立てた和えそばが、カブの葉とオリーブオイルの鮮やかなピューレで飾られる。
立ち昇るカブの香りと温気が食欲を誘い、ひと口すすれば心身ともに温もりで満たされる。
細長い根が特徴の「品川カブ」(写真上)。一般的のかぶと比べて非常に香り高い。さまざまな技法や、季節の野菜とそばの組合せを試行錯誤しながら「限定おそば」は創り出される。
そばのみにあらず! 江戸東京野菜の絶品
江戸東京野菜を使った一品料理も必食に値する。
「拝島ネギの天ぷら」(写真上)。近隣の拝島で作られてきた冬が旬の「拝島ネギ」は、やわらかいため流通に乗せにくく、生産者が激減してしまった。しかし食味は素晴らしい。しっかり目に揚げられ、よく火の通ったネギは甘くトロンとした食感。舌に溶ける絹のような海塩「ぬちまーす」でいただけば、思わずため息がもれる。
「あつあげのカブあんかけ」(写真上)。カリッと仕上げられた厚揚げに、「品川カブ」の餡がかけられた、ありそうでなかった一皿。香り高いカブが、立派なだしとして活きている。
多佳子さんが「(店主は)絶対にごまかしができない実直な人なんです」と話すように、どんなに忙しくても、かつお節を削る前に火で炙って一皿を仕上げてくれる。すべてにおいて妥協がない、店主のこだわりが嬉しい。
善き野菜に善き生産の場はあり! 江戸東京野菜の牽引者
『ふく花』で扱う野菜の一部は、隣町・八王子市の生産者、オギプロファームの福島秀史さん(写真下)が手がける。江戸東京野菜を復活させ、普及させようとする旗振り役のひとりだ。
『ふく花』夫妻と偶然にも同姓の秀史さんは、元々広告業界で勤務していた。多忙な日々を送る中で、農業、そして江戸東京野菜に出逢った。江戸東京野菜にのめり込み、普及活動に関わるうちに、代々東京で作られてきた野菜の価値と意義に魅了され、自分で作りたくなってしまった。今となっては先導的生産者だ。
▲秀史さんの伝統野菜たち。左から「品川カブ」、「黒田五寸人参」(長崎県の伝統野菜)、「金町コカブ」。真冬にも関わらずたくましく育っている
自然と共存する野菜の数々
希少な江戸東京野菜や伝統野菜であることに加え、秀史さんの野菜は自然栽培。農薬や化学肥料を使わず、極力畑を耕さない、人間の介入を最小限に抑えた、雑草や虫との共存の世界で野菜が育つ。
周りの木から畑に落ちた葉をそのままたい肥にし、収穫せずにおいた作物の種をまた同じ畑にまく。命と資源が循環する共存の世界には、得も言われぬ心地よさがある。
▲「八丈オクラ」の種採り。来夏には同じ畑で新しい命が育まれる
さて、江戸東京野菜を用いた「限定おそば」をもう少しだけお目にかけたい。
初夏に供された「川口えんどうのぶっかけそば」(写真上)。味噌かえしにクリームチーズを加えた汁と、赤魚と辛味大根の飾りを添えて。数年前は生産者がひとりだけだったという希少な「川口えんどう」は、豆だけでなく、さやもとにかく美味。
秀史さんが全幅の信頼を寄せるという『ふく花』。その食材への深い理解が、個性的な味覚を存分に引き出している。
こちらは春の「のらぼう菜とみかんジュレそば」(写真上)。みかん、そしてクセや苦みのない「のらぼう菜」のピューレの香りが非常に清々しい。オリーブオイルとフレッシュレモンで作ったマヨネーズの優しい味わいが、まろ味を持たせる。
『ふく花』ではお客の多くがリピーターになるという。秀史さんの江戸東京野菜と畑の魅力、そして『ふく花』の福島夫妻の人柄に引き寄せられたお客はみな、憩いの空間でじっくりと話し込む。自然とお客同士の輪ができ、新しいお客を連れて、またここへ“帰って”来る。お客がお客を呼び、人の輪が伝播していくのだ。
畑から始まる物語は、お客の口に入れられて初めて完結する。『ふく花』を訪れれば、喜んでその一幕の中に迎えてくれるだろう。
【メニュー】
拝島ネギのてんぷら 500円
あつあげのカブあんかけ 600円
品川カブの和えそば 1,200円
※本記事に掲載された情報は、取材時点のものです。現在は異なる場合があります。また価格はすべて税別です
▼生産者
オギプロファーム
https://www.ogiproduce.com/ogiprofarm
取材:NKB farm 都市型農業研究員 石島秀彬
季節の料理と手打ちそば ふく花
- 電話番号
- 042-546-2917
- 営業時間
- 夜17:30〜23:00(L.O. 22:30)
- 定休日
- 毎週水曜日、第1火曜日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。