《料理人が今想うこと》ここで僕らが諦めたら、生産者はもっと苦しい『ル スプートニク』髙橋雄二郎シェフ

2020年05月20日
カテゴリ
レストラン・ショップ
  • レストラン
  • 六本木
  • フレンチ
《料理人が今想うこと》ここで僕らが諦めたら、生産者はもっと苦しい『ル スプートニク』髙橋雄二郎シェフ
Summary
1.「緊急事態宣言」の前から独自の配送サービスを開始。六本木フレンチ『ル スプートニク』
2.結婚式場やホテルの休業で困っている生産者のため、立ち止まらずに作り続けることを選択
3.コロナ収束後のレストラン業界に求められることとは

「作り手としての役割を果たし続けていきたい」

ビーツのチュイールを花びらに見立てた美しきスペシャリテ「フォアグラ・ビーツ・薔薇」などで、国内外から広く注目を集めるフレンチ『ル スプートニク』。

オーナーシェフの髙橋雄二郎さんは、『ミシュランガイド パリ 2019』で三つ星評価を受けた『パヴィヨン・ルドワイヤン』をはじめとする本場の名店で腕を磨いた後、都内の人気店を経て、2015年に六本木の地で独立を果たした。

以降、独創的なアイデアに満ちた料理で多くのお客の心を震わせてきた髙橋さんは、今回の「緊急事態宣言」を受け、料理人としてどのような行動変容を起こしたのか。ご本人に話を伺った。

4月7日の「緊急事態宣言」よりも前から、配送サービスを開始

――「緊急事態宣言」の発令が4/7でしたが、髙橋さんは休業を決めたのが4/1、通販商品販売を開始したのが4/3と、かなりスピーディでしたね。その間、どんなことを考え、どんな風に行動に移していったのですか?

3月末頃には、世間全体が不要な外出を控えようという動きになり、4月の予約がバタバタとキャンセルになっていきました。

そうなると、うちは都心でやっているから固定費が高いし、そのままだと赤字が出るので、早めに物販を始めなければと考えました。とはいえ、立地的に人通りが少ないので、ご近所さんをターゲットとしたテイクアウトだといい結果が望めそうにありません。

そこで「配送」に限定することに決め、しかもロスが出ないように「事前予約制」にしました。

配送のみを行っていた期間の一週間の流れは、火・水・木はみっちり仕込みで金曜に発送、土・日・月が休み。物販のために必要な「そうざい製造業」「菓子製造業」の営業許可は3月中、キャンセルが出て時間が空いたらすぐに取得しましたし、「期限付酒類小売業免許」も早々に進めました。

▲「シェフの気まぐれボックス」。同封された用紙には、食材の生産者の情報や、よりおいしく食べるためのアドバイス(加熱方法や盛り付けなど)が丁寧に記載されている

――注文数はどのように変化していきましたか?

当初は、前払い制のクレジット決済システムも導入していなかったし、お試しで始めたので、週に10件しか注文が入らなかったんです。でも、だんだん認知されてきたのか、最終的には結構な数が出るようになりました。

内容としては、

・「シェフの気まぐれボックス」(全10品のコース料理、全国送料無料、税込20,000円)
・「自家製パンボックス」(3種類の自家製パンと季節のジャムとパウンドケーキ、全国送料無料、税込7,500円)
・「ル スプートニク特製のケーキ」(苺のショートケーキor季節のムースケーキ、テイクアウトのみ、税込4,000円)

の3種類を用意しましたが、コースの注文数は毎週40件くらい。

▲左は「自家製パンボックス」、右は「ル スプートニク特製のケーキ」

パンとケーキは、コース1本だと心細いこともあり用意したんですが、『ル スプートニク』には昨年からシェフパティシエがいることもあり、彼女の強みを活かした商品にしたいという想いもありました。

作り手として何ができるか。それはやっぱり「作り続けること」

――コース全10品とは、盛りだくさんですね。

そうですね。固定費をまかなうために単価を上げたいという想いもあったんですけど、一番考えたのは、いつもお世話になっている生産者さんからの悲痛の電話に応えたいということでした。

スーパーではなく結婚式場やホテルを相手にしている生産者さんは、食材を持て余している状態。ここで僕らが諦めたら、彼らはもっと苦しいだろうなと思ったんです。

レストランというのは、生産者がいて作り手がいてお客さんがいて初めて成り立つものなので、作り手としての役割はなんとしても果たしていきたかった

SNSを活用し、自ら積極的に発信するように

▲SNS用の写真もこれまで以上に撮るようになった

――注文が増えていった理由は何だと思いますか?

お店のホームページで呼びかけたところで、すでに予約を検討してくれている人の目にしか届かないと思い、SNSをがんばりました。

具体的に活用したのはFacebookInstagramで、食材・料理の写真や説明がメインです。SNSを使えば、人柄や活動が集客につながるパターンもあると思うんですけど、僕は恥ずかしがりで人前にあまり出ないので、こういう営業をするときも前に出すのは料理だけ(笑)やっぱり僕には料理しかないなと思います。

だから、投稿を見て購入してくれた人から「おいしかった」のメッセージをいただくとうれしいし、注文数が増えていくことはモチベーションアップにつながります。

物販を始めてからは、SNSのコメントにも返事をするようになりました。今までは冷たかったんですよ、僕。タグを付けてアップしてくれても、読むだけであえてリアクションはしていなかった。前は、「料理を作っていたらお客さんは来てくれるだろう」っていう甘い考えだったけど、こういうときは自分から営業していかなきゃいけない。初心に帰って学び直しました。

▲メニュー考案時に使っているノート

――髙橋シェフは、他の料理人さんの投稿も積極的にシェアなさっていましたね。

特にFacebookは構造上、自分と友だちになっている人じゃないと見られないじゃないですか。それ以外の方にも見てもらうためにはシェアしかないので、僕もシェアしますし、僕がシェアしてもらうこともあります。

東京という狭い地域で店を持っている者同士、基本的にはライバルだけど、苦しいときには助け合いたいですよね。どれだけがんばっても赤字で、お互い苦しいのはわかっているんだから、極端な話、お互い潰れないように協力し合わなきゃ、って。

レシピを紹介する「#料理リレー」や「#おむすびバトン」も回していただいたんですけど、ちょうど忙しいタイミングだったので出来に満足できてないです。時間があるときに回ってきていたら、もっといいものができたんですけど(笑)

▲左が「料理リレー(レシピ紹介)」、右が「祈るおむすびバトン」

――コロナ禍での経験による気づきは、他にもありましたか?

僕はこれまでずっと、毎日24時間、寝る時間以外は料理のことやお店のことを考えていました。

たとえば、営業中にアイデアが浮かぶと即興で料理を作って、周りをかき回して終わっちゃうこともある。でも、それだとスタッフがついてこないし、十分にコミュニケーションも取れないのだから空気も悪くなりますよね。

そこで今回、配送BOXを作るのはいい機会だと思い、テリーヌやパロディーヌといった料理名があるものに関しては、スタッフに任せてみました。もちろん微調整はしますし、変な料理を作ったらけちょんけちょんに言いますけど、スタッフにとってのやりがいにつながっていたらいいなと思っています。

生産者さんとのコミュニケーションに関しても同じで、以前からもっと時間を取って話す必要性を感じていました。

だから今回、生産者さん一人ひとりとしっかりと会話してメニューを考案したことで、「計画的に動いて、レストランでの完成度を上げていくことの大切さ」を学べました。この経験は今後にも活かしていきたいですね。

レストラン業界のこれからと、フレンチに求められること

▲配送待ちの「シェフの気まぐれBOX」。2020年5月いっぱいまでは、配送サービスを継続する予定

――コロナが収束した後、レストラン業界にはどのようなことが求められると思いますか?

年内に関しては、インバウンドのお客さんは確実に減ると思うので、ターゲットが日本人になります。そうすると“おもてなし”は当たり前で、たとえば、僕は出身地・福岡の上野焼(あがのやき)の器をよく使うのですが、使っている器について説明することは付加価値となるし、食材のストーリー性をしっかりと伝えることも大切になってくるのではないでしょうか。

また、これまではインバウンド含め遠方からいらしてくださる方も多かったので、「時間をかけてゆっくりと堪能してもらう」前提の価格に設定していましたが、しばらくは長時間の滞在は避けたい人が多いことが考えられるので、メニュー構成や価格の見直しも必要かもしれません。

▲これから販売予定のテリーヌショコラ

――コロナ禍を経て、フランス料理はどんな風に変わっていくと思いますか?

フレンチってそもそも、どんな料理が出てくるのかイメージが沸きにくいですよね。たとえば「焼肉食べたい」「鮨食べたい」ってなったときは、食べたいものが具体的に頭に浮かんでいるけど、フレンチを食べに行ったら必ず赤ワイン煮込みが出るわけでもない。

じゃあフレンチの魅力はなにかというと、クラシカルなものもあれば、モード(時代性)を感じられるものもあるということだと思うんです。その中で、伝統を踏まえつつ、時代の価値を反映するスタイルの料理人にとっては、今後ますます「地球環境を考えること」が大事になってくると思うし、贅沢だけがガストロノミーじゃなくなってくるはず。ただしもちろん、一番大切なのが“味”であることは変わりありません。


――最後に、外食が大好きな読者のみなさんに一言メッセージをお願いします。

予約を制限して席間(ざかん)を保つと同時に、衛生面にもさらに注力していくので、安心して食べにいらしてほしいです。レストランって楽しい場所なので、そこで元気になってもらえるのが、料理人として一番うれしいですね。

▼髙橋雄二郎シェフプロフィール
大学卒業後、地元・福岡の調理師専門学校に入学。そこでフランス料理の華やかさに惚れ込み、都内の有名店で3年半修業を積んだのちに渡仏。パリの三つ星フレンチ『パヴィヨン・ルドワイヤン』、ビストロ『ラミジャン』、ブーランジェリー『メゾンカイザー』、パティスリー『パンドシュクル』などで研鑽を積み、帰国後は丸の内のフレンチ『オーグードゥジュール ヌーヴェルエール(現在は閉店)』のスーシェフ、代官山『ル・ジュー・ドゥ・ラシエット(現在の『レクテ』)』のシェフを経て、2015年7月、東京・六本木に自身の店『ル スプートニク』をオープン。


取材執筆:松本玲子

ル スプートニク

住所
東京都港区六本木7-9-9 リッモーネ六本木1F
電話番号
050-3464-0510
営業時間
火~日12:00~20:00(L.O.17:00)※5月18日より営業を再開。営業時間は変更が入る可能性がございます
定休日
月曜日
ぐるなび
http://r.gnavi.co.jp/g33psdtx0000/
公式サイト
https://blog.le-sputnik.jp/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。