熟成肉ブームよりもはるか前から「熟成料理」を極めていた名ビストロ
世間で熟成肉がブームになるよりも前から「熟成」という手法に注目し、着実にお客を獲得してきた店がある。小田急電鉄・京王電鉄「下北沢駅」から東北沢方面へ徒歩5分ほど、ビルの2階の扉を開けるとフランスの片田舎にあるビストロのような風情が広がる『下北沢熟成室』だ。
熟成肉ブームが落ち着いた後も確実に顧客の支持を集め、2020年の11月で創業12年目を迎える。
同店を運営するのは「株式会社ヒネル」。オーナーの福家征起(ふけ・まさき)さんは、調理師専門学校を卒業後、和食店やフランス料理店で修業し、大阪から上京。縁もゆかりもない下北沢に『下北沢熟成室』を出店した。
提供するのは、時間をかけてうまみを引き出した熟成料理と自然派ワイン。「株式会社ヒネル」では現在、カレー店『カレーの惑星』やビストロ『胃袋にズキュン』も姉妹店として下北沢に展開しているため、『下北沢熟成室』は福家さんではなく、料理人の日野真友さん(写真上・左)と接客担当の雨宮陸さん(同・右)が切り盛りする。
使用する食材は、味だけでなく育て方や環境に納得できる生産者から仕入れたものばかり。同店のメニューにも、産地や農家、牧場名などが記載されている。そして料理は、素材の良さを引き出すシンプルな調理を施す。その手法の一つとして「熟成」を取り入れているというわけだ。
「野菜の前菜3種」+「お肉の前菜4種」で1人前1,800円!
料理のコンセプトは「寝かせることで旨味が増し味が熟れる」で、店名の通りフレンチベースの熟成料理をメインに扱う。
ディナーメニューは、野菜の前菜3種と肉の前菜4種で構成される「あとはメインを選ぶだけ。コース」(1人前1,800円)が基本。それにお好みでメイン料理を追加すれば、自分好みのオリジナルコースの完成だ。そのほか、チーズやパン、デザートも数種類あるので、お腹の空き具合に合わせて楽しみたい。
どれも季節感を取り入れるために毎週のように食材や調理の趣が変わるため、訪れるたびに違った味を楽しめるようになっている。
「あとはメインを選ぶだけ。コース」で最初に登場するおまかせ野菜の前菜(写真上)は、季節感満載の内容だ。
この日は「自家製セミドライトマトとフレッシュチーズのカプレーゼ」(写真上)をはじめとした、夏らしい3種の前菜が盛り合わせとして登場。
塩をふりオーブンで火入れしたセミドライトマトは味が濃く、酸味もまろやか。とろとろ食感のストラッチャテッラチーズがミルキーな味わいを添え、バジルソースが清涼感を与えてくれる。これだけで冷えたシャンパーニュが飲みたくなってしまう。
「白とうもろこしのムース とうもろこしのジュレとアンチョビのソース」(写真上)は、とうもろこしの実をクリームなどと合わせてムース状に。その上から、とうもろこしの芯を煮立てて作ったジュレをかけ、アクセントにアンチョビソースをトッピングした一品。
ひんやりと冷たいムースはとうもろこしの優しい甘さがあり、芯を煮込んで作っているからかほんのり苦みを感じるジュレ、そして程よい塩気とうまみのアンチョビソースのハーモニーが爽やかだ。
「山形県産 大石プラムと穂じそとラディッシュの甘酸っぱいサラダ」(写真上)は、季節感だけでなく和と洋の融合も感じられる一品。
プラムの皮は弾けるようなパリッとした食感で、甘さがありつつも酸味は強く、サラダの主役として堂々たる存在感。穏やかな酸味のホワイトバルサミコ、そして穂じその清涼感ある香りが鼻に抜ける、これまた夏にぴったりの料理になっている。
「お肉の前菜」は、10種類から4種類をチョイス
続く「お肉の前菜」は、10種類の自家製シャルキュトリー(パテやテリーヌなどの食肉加工品の総称)の中から4種類を選ぶことができる。
名物はじっくり時間をかけてうまみを引き出した「最低二週間熟成 岩中豚の田舎パテ(パテ・ド・カンパーニュ)」(写真上・右手前)。豚の喉肉、レバー、ロース、背脂などを、それぞれの食感が生きるよう粗挽きにしてパテにしており、部位による味わいの違いが楽しめて面白い。
「脂がうまい。桜のチップで燻した岩中豚バラの自家製ベーコン」(写真上・手前)は、薄切りでなめらかな舌触りで、じんわりと溶け出した脂がワインを誘う。桜チップの燻香も鼻をくすぐる。
「燻製豚バラと『一ヶ月吊るし熟成短角牛』のリエット パンと一緒にどうぞ」(写真上)は、バケットスライス(2人分300円)にのせていただきたい。
燻製された豚バラと一ヶ月熟成した短角牛のリエットは、上質な脂のうまみが感じられつつも、しっかりと豚肉と牛肉それぞれの良さが生きている。
「保存料を使わず天然の腸に詰めた、イベリコ豚ベジョータのサラミ」(写真上)は、イベリコ豚の中でもランクの高い「ベジョータ」を使用しており、味わい深く舌に残る強いうまみが印象的。噛むほどに、素材そのもののおいしさを感じられる。
時間をかけて素材のうまみを引き出す、自慢のメイン料理
時間をかけることで素材の味を引き出す料理は、前菜だけにとどまらない。
「継ぎ足し鴨脂でじっくり火を通した 北海道産鴨もも肉のコンフィ 香ばしくぱりっと焼き上げて」(写真上)は、長年この料理を作り続けたことで集まった「鴨脂」で鴨もも肉をコンフィ(オイル煮)にしている。
70℃で長時間コンフィしたのち、さらにオーブンで焼き上げることで、外は香ばしくパリッパリ。中は継ぎ足し鴨脂が染み込みしっとりジューシーで、ホロホロとほどけるほど肉がやわらかい。
「キリッと冷えた白ワインとも合いますよ」と雨宮さん。鴨肉の滋味深い味わいが堪能できるよう、味付けはシンプルに塩だけという潔さもいい。
「岩手県産 田村牧場より『一ヶ月吊るし熟成牛』 赤身『カタサンカク』のステーキ・フリット」(写真上)は、時期により部位は異なるが、『下北沢熟成室』の名物だ。
岩手県「田村牧場」で飼育された短角牛を、食肉市場として知られる芝浦の倉庫で一ヶ月吊るして熟成。表面に焼き目をつけてからゆっくり火入れしてステーキにしている。
赤身本来の味わいを堪能してほしいということから、味付けは粒こしょうを削りかけ、ゲランドの塩を添えるのみ。
長期間熟成されることで余分な水分が抜け、うまみが凝縮。火入れのおかげか中はしっとりとした舌触りで、噛むごとにうまみが口の中に広がる。
産地を問わず、常時70種類ほど揃う自然派ワイン
「ピュアな熟成料理に合うように」と選ばれた自然派ワインは常時約70種。それぞれの料理に合うようペアリングも提案してくれる。
例えば野菜の前菜には濁りのあるスパークリングやシャンパーニュを。メインの赤身肉ステーキには、ブルゴーニュ地方で一般的な酸が強くライトな味わいのピノ・ノワールではなく、口に含んだ時の甘い果実味とパワフルな味わいが特徴のグルナッシュ100%の赤ワイン「L'INSOLENT 2018 FRANCOIS ECOT」(写真上)。
グルナッシュならではのラズベリーやプルーンのような甘い果実味がありつつも、シルキーでなめらかな口当たりと上品な味わいを両立させた「L'INSOLENT 2018 FRANCOIS ECOT」が、熟成牛の魅力を引き出してくれる。
日本では街並みも、人々の関心も短いサイクルで変わりゆく。もちろん世の流れに寄り添うことも大切だが、それだけでは長く愛される飲食店を続けるのは難しいのかもしれない。
今も昔もブレずに使用する食材にこだわり、素材の良さを引き出すために時間を惜しまず熟成という技法を続けてきたからこそ、『下北沢熟成室』は長くこの地で愛されているのだろう。
【メニュー】
▼コース
・「あとはメインを選ぶだけ。コース」 一人1,800円
▼アラカルト
・「継ぎ足し鴨脂でじっくり火を通した 北海道産鴨もも肉のコンフィ 香ばしくぱりっと焼き上げて」 2,400円
・「岩手県産 田村牧場より「一ヶ月吊るし熟成牛」 赤身「カタサンカク」のステーキ・フリット」 量り売り150g〜 2,800円〜
▼ドリンク
・グラスワイン800円〜
・ボトルワイン 3,800円〜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。また、価格はすべて税別です
撮影:岡崎慶嗣
肉ナリ焼クナリ
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ディナー 17:00~23:00
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