駅近くの目立たない路地、目印はオープン時にだけ置かれる店名ボードのみ
鮨店といえば、路面に面してはためく大きなのれんに筆ですらりと書かれた店名の看板がかかって……という外観を想像するだろう。
そのような先入観を持ってこちらの鮨店を探すと、きっといつまでも気が付かない。
恵比寿駅近くの大きな交差点に隠れるような小さな路地に佇む静かなビルの2階。ポツンと置かれた店名ボード。脇に無機質な階段。上がると開けられるのを拒むようなドア。
そう、そこが『Sushi Bar Mugen(スシバー ムゲン)』だ。
もしかして誰かの家じゃないの? と思いながらドアを開けると、目に飛び込むのはバーらしいカウンターにずらりと並んだアルコールのボトル。
しかし、カウンターの中に立つ店主の小栗陽介さん(写真下)の手元を見ると、慣れた手つきで魚を切りつけている。
やはりここが『Sushi Bar Mugen』だ。
お店の雰囲気もだが、店主の服装も個性的! 中南米のフォーマルシャツである“グァジャベーラ”姿が印象的な店主・小栗さんは調理師学校卒業後、出身地の千葉県にある大手回転寿司店で働いたことをきっかけに鮨の世界へ。
そこから本格的な江戸前寿司の技術を学ぶべく都内の高級鮨店で働き、さらに鮨の見聞を広げるため、ニューヨークでミシュラン星獲得の鮨店で4年ほど修業し、2021年1月 この地に『Sushi Bar Mugen』をオープンさせた。
「独立しようか思案していた時期にちょうどこのバーを紹介され、21時までは店舗を使っていない、と。ならば! と“間借り鮨店”を始めることにしたのです」(小栗さん)
カレー界などで流行中の“間借り”営業だが、自分ひとりで営業して、鮨を提供するとなると、このバーの6席のカウンターがちょうどいいと思ったそう。
そんな小栗さんが提供する寿司の内容は「鮨12貫に玉子とお椀、昼・夜ともに5,000円ぴったりのおまかせのみ」。鮨バブルの現在においてお得と言えるコストパフォーマンスの良さだが、いったいどのような握りがいただけるのだろうか?
まずは鮮度が勝負の石垣貝の握りから! 甘みと歯応えで食欲も上昇
こちらの握りの構成として、ひと手間加えた江戸前のネタと、旬と鮮度を生かした採れたてのネタを合わせて出しているそうだが、今回最初に出してくれたのは岩手県産「石垣貝の握り」(写真下)。
他の魚介類に比べて鮮度が勝負の貝類を最初に持ってくるとは、これは仕入れを丁寧にしている証拠ではないか! と鮨好きとしてうれしくなる。
やや小ぶりなシャリにかぶさるような大きなネタののった鮨をひと口で食べると、どこか果物を思わせるような澄んだ甘みと貝類独特の歯ごたえのファーストアタックが訪れる。
貝の甘みを引き締めるような煮切りの味もちょうどよく、食欲が高まってくるのを感じる。
地元・千葉県産のカツオは“握りにしたときにおいしいか”を考えて選び抜く
次は質の良いカツオが獲れることで有名な千葉県勝浦産の「鰹の握り」(写真下)。地元・千葉県産のネタは率先して仕入れているそうだ。
程よい酸味が身上のカツオだが、小栗さんがこだわっているのは脂。なんでも、つまみで食べるカツオと違い、握りにする場合はシャリとの馴染みを考えて、やや脂を感じる身質のものがいいそう。
カツオそのものの味を感じられるように、薬味もアサツキを少し散らす程度に。ひと口食べると脂とシャリがじんわりと一体になり、最後にほんのりカツオらしい酸が残る。
ところでこの握り、なかなかのネタの大きさでないだろうか? 小栗さんに聞いてみると「12貫でお腹が満たされるよう、贅沢に切りつけている」そうだ。
確かにこのサイズ感、“カツオの握りを頬張っている!”と実感でき、なんともうれしくなる。
爽やかな味わいがツウに人気の夏の鮪はあえてボストン産のものを使用
さて、ここで登場するのが握りの花形「鮪の中トロの握り」(写真下)。
つややかなマグロは老若男女問わず誰もに人気のネタだが、『スシバームゲン』ではあえてマグロらしい脂のうまさで押さず、あっさりした口当たりが魅力の背側(マグロの背中側の部位)を選んでいるそうだ。
また、今回使っているのは夏の時期に日本産のものよりおいしいと言われるアメリカ・ボストン産のもの。口当たりよく、他のネタの流れに馴染む爽やかさ! こってりしたマグロが好きな方にもぜひ食べてほしい一貫だ。
鮨かくあるべし! というような古典ネタで江戸前の仕事を楽しむ
さて、次に出されたのは江戸前寿司ができた頃から愛される古典的なネタ「小肌の握り」(写真下)。おいしい小肌が獲れることで定評のある熊本県天草産の大ぶりのものを使っている。
仕事は奇をてらわず、丁寧にさばいた小肌に塩をし、酢で締める。大きさや脂の乗り方で調整するが、酸味が馴染み甘みを引き出せるように3日くらい寝かせてから使うそうだ。
「バーの間借りで、姿も鮨職人っぽくない自分が、鮨とまっすぐに向き合っていることを示すつもりで小肌を必ず出しています。基礎のブレがあっては出せないネタですから」と語る小栗さん。その言葉通り、ぎゅっと酸っぱく、あと味が甘い小肌はこれぞ鮨! という味だ。
3日熟成させてうまみを限界まで引き出した北寄貝は二層の味付けで奥行きを出す
こちらは北海道長万部産の「北寄貝の握り」(写真下)。生のまま塩で締め(3%程度の塩水でしっかり洗う)、3日寝かせることで身がほどよく脱水され、うまみと甘みを高めた北寄貝は握る前にしっかり常温に戻し、シャリと馴染みよくさせるのもポイントだ。
また、こちらは煮切りだけではなく、その上に塩をぱらりと散らしてある。このほんの少しだけ感じる塩のジャリっと感が心地よく、また塩味が入ることで甘みの輪郭をぐっと感じさせる。
ここまで握りを頂いて思ったことは、「シャリが目立ちすぎず、しっかり馴染んでいること」。こちらのシャリはあえて流行の赤酢ばっちりの味わいにせず、どんなネタとも馴染み良くするために、3種類の酢をブレンド。そうすることで酸が立ちすぎず、また最後まですっきりと食べられるよう、砂糖は使わずに塩だけで仕上げているそうだ。
ちなみに、使用している米は岩手県陸前高田市の「たかたのゆめ」、赤酢は出身地である千葉県の『私市醸造』のもの。日本頑張れ! 地元も頑張れ! という気持ちから選んだそうだ。
握りをより楽しくさせる、日本酒と音楽のマリアージュ
こちらでドリンクを楽しむならビールやジンソーダ、ハイボールなど基本的なものもいいが、やっぱりシャリに合わせるなら日本酒(写真下)を楽しみたい。
(※お酒の提供については、現在、国や自治体の要請に準じています)
冷蔵庫に限りがあるため、数は少数精鋭だが、どれも小栗さんが自身の握りに合うようにセレクト。辛口のものを中心に7~8種置いているそう。また、ネタによって合わせるお酒の提案もしてくれるそうだ。
そして『Sushi Bar Mugen』では握りに合わせたいものがもうひとつ。それは音楽だ。ジャンルは大の音楽好きでDJ経験もある小栗さんがその日の気分で、または仕入れたネタによってセレクト。耳をすませばふと入ってくるような優しいボリュームのBGMはとても心地よく、リラックスした気持ちになれる。
鮨という高揚感と空間による寛ぎのマリアージュを堪能できる『Sushi Bar Mugen』
「やっぱり鮨というのはごちそうであり、緊張感や高揚感が伴う食事だと思います。でも、そこが和める空間なら、より素直においしさが楽しめると思います」と語る小栗さん。その気持ちから、音楽を合わせたり、気負わせないような服装で接客しているそうだ。
「リーズナブルに、本格的な鮨を提供することで、初めて鮨を食べる方の入り口として誰にでも門戸を開いていたい」という言葉通り、『Sushi Bar Mugen』のスタイルは自由さを感じる。
ランチのひとり鮨から、鮨初心者仲間で入門編として、意外性のあるロケーションのデートとして。ここからまた鮨激戦区・恵比寿の可能性が無限大に広がりそうだ。
【メニュー】
おまかせコース(握り12貫+玉子、お椀/昼夜同じ) 5,000円
瓶ビール 800円
日本酒 グラス900円~
※本記事に記載された情報は、取材日時点のものです。価格は税込みです。
※貸切は応相談
Sushi Bar Mugen(スシバームゲン)
- 電話番号
- 070-4039-0649
- 営業時間
- 12:00~14:00、18:00~20:00
- 定休日
- 不定休・完全予約制
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。