旅の始まりの地として選んだのは南部地方。腕を振るう“美味しい人”との出会いを求めて、私は高まる好奇心を抑えつつ、車を太平洋の方角へと走らせます。
青森県は三方が津軽海峡、日本海、太平洋に面し、内陸には八甲田連邦や岩木山がそびえる、自然豊かな環境です。今回訪れる南部地方は、夏には冷たく湿った東風・ヤマセが吹きつける、寒さ厳しい地域です。そのため、寒冷地に適した小麦や蕎麦、根菜、雑穀などの畑作が盛んです。八戸港に水揚げされる魚介は、イカやサバ、メヌケといった豊富な魚種を誇ります。
1.【南部地方・八戸市】完全無添加で未踏の食体験を提供する、自然食の求道者 洋望荘
海岸沿いをゆるゆると走り、小道を進んだ先に自然食レストラン「洋望荘」があります。全国各地から食通が訪れると噂の同店。店内に入ると、そこは解放感のある空間。大きな窓から望む景色から、雄大な青森の地に来ていることを実感します。
出迎えてくださった“美味しい人”は、オーナーシェフの佐藤一弘さん。挨拶もそこそこに、佐藤さんは厨房に戻り調理に取り掛かります。目を引くのは、佐藤さん一人が手掛けているとは思えない多種多彩なメニュー。八戸産の「メヌケ」ひとつとっても、佐藤さんの手にかかれば、炊き込みご飯に昆布締め、焼売…。様々な調理方法で、「メヌケ」の持ち味をいかんなく引き出していきます。「八戸の『メヌケ』はそもそも味わいが濃いので、そこまで手を加える必要はありません」と笑う佐藤さん。八戸市出身の佐藤さんにしてみると、メヌケは昔から慣れ親しんだ故郷の味。潔い調理方法からも、食材への信頼が感じられます。
素材そのものの滋味を際立たせる料理へのこだわりは、調味料にも表れています。佐藤さんが案内してくれた一室には、歴史を感じさせる桶がずらり。そう、佐藤さんは味噌や醤油を手作りしています。「飴を舐めながらいちごを食べても、いちご本来のおいしさはわからないでしょう?料理も同じ。素材のおいしさを引き立てる、無添加の調味料が私の料理には不可欠なんです」。
その後も、「天然マグロ」の握りや「メヌケ」のアラの出汁が効いたつゆで楽しむ手打ち蕎麦など、佐藤さんの言葉を体現するように食材を活かした料理が続きます。その中で目に留まった料理がひとつ。聞いてみると、なんと「天然マグロ」の胃袋のやわらか煮。噛むほどに多層的な旨味があふれ出る、初体験のおいしさです。「弾力のあるマグロの胃袋は、料理に不向きな食材とされてきました。その通説が、むしろ私の好奇心に火をつけたんです」。穀類のスープでじっくりと炊き込み、ほぐれたところに自家製の出汁をたっぷりと吸わせていく。手間隙を惜しまない佐藤さんの姿勢が色濃く反映された一皿です。
来店するお客様は、食通というよりも“マニア”が多いと分析する佐藤さん。食に対する並々ならない探究心を満足させるため、常に掲げているこだわりがあります。「『おいしい!』と喜んでいただけた料理であっても、次に来店されたときには他の料理で喜ばせたい。驚きがあってこその『洋望荘』の料理だと思っています。そんな私のわがままをいつも受けとめてくれる、青森県産の食材たちには感謝しかないです」と佐藤さんは笑みを浮かべます。誰も到達していない美食の向こう側へ。佐藤さんの求道の旅は続きます。
洋望荘(ようぼうそう) ※完全予約制
- 電話番号
- 0178-38-2431
- 公式サイト
- https://chefsato.com/
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
2.【南部地方・八戸市】世界水準の技術と地元愛で新たなフレンチ像を確立 ル・ムロン・デ・オワゾ
太平洋を背に、次に向かうのは「ル・ムロン・デ・オワゾ」。2013年オープンのフレンチレストランは、八戸市の中心部から少し離れた閑静な住宅地にあります。南部地方特有ののどかさそのままに、店内にはゆったりとした時間が流れます。
「八戸は生まれ育ったまち。東京やフランスなど、国内外で暮らすなかで、八戸の自然の豊かさや、のどかな空気感があらためて好きなのだと気づきました」。「ル・ムロン・デ・オワゾ」のオーナーシェフ・小坂学さんには、料理人を志した当初から、故郷・八戸に店を開くという夢があったと話します。地元への愛は料理を通じて伝播し、今では地域に愛される名物店、八戸を訪れる観光客にとっては南部地方の食材を堪能できる人気店として名を馳せています。
早速、県内外の食通を魅了するスペシャリテ「県産和牛ホホ肉の赤ワイン煮込み」をオーダーします。テーブルに運ばれたのは、彩り豊かな一皿。既成概念から重厚な料理を待ちわびていただけに、やや肩すかしの印象。ただ、十和田市産の野菜が散りばめられた造形に思わず見入る私がいました。まずは視覚から心を惹きつける“魅せるメインディッシュ”であることには間違いありません。そのコンセプトについて小坂さんは「ホホ肉のやわらかさと野菜の歯切れの良さ、ホホ肉の濃厚な旨味と野菜の酸味と甘み、という“コントラスト”を楽しめる料理に仕上げました。肉料理でありながら野菜ありきの一皿なんです」と説明します。
「県産和牛ホホ肉の赤ワイン煮込み」に盛り付けられる野菜は、葉物や根菜など、その時期に採れるものを厳選。この日は、タルティーボやちぢみほうれんそう、紅芯大根など約10種類が彩りを添えます。牛ホホ肉と白かぶを合わせてほおばると、白かぶのとくとくとした食感がおもしろいアクセントに。みずみずしさが休符となり、牛ホホ肉と野菜のハーモニーをじっくりと、しみじみ味わいます。
時間を忘れてスペシャリテを満喫する私に、小坂さんは「お店やまちに漂うのどかさが、料理をさらにおいしくすると思います。気取らず、肩ひじはらずに食事できる“田舎っぽさ”がいいんです。南部地方の食材にも通じていますね。強烈なインパクトがあるわけではないけど、心にじんわりとくる地味なおいしさがある。料理のしがいのある、地元の宝です」とにこり。穏やかな表情ながら、己で築いたフレンチの理想像への自信と、地元への愛が伝わってきました。
ル・ムロン・デ・オワゾ
- 電話番号
- 0178-51-8727
- 営業時間
- ランチ12:00~14:00 ディナー18:00~21:00
- 定休日
- 日曜日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
文:西村友行(広瀬企画)